いったいだれがこんなコトを考えた。
築地のすし屋を行脚して、一等賞を決めよというのである。
しかもひたすらまぐろだけを食べ、比較検討せよというのである。
どうやらこんな苦行を思いついたのは編集長のようだが、提案された瞬間、 「おもしろい。やりましょう」。と即答した僕も、かなりおバカである。
そこで食った食った、食いました。
築地に通うこと四日間。赤身、中とろ、大とろ合わせて五十四かん、鉄火十三本を胃袋に収めたのである。
かくして血中まぐろ濃度を高め、DHAを多量摂取したことにより、僕の優秀な脳は一段と回転が早くなり、日を重ねるごとに違いが明確化し、判断が迅速になり、舌のキレが増していくのであった(のような気がした)。
とはいっても相手はマグロである。
すしの王様である。
素人には判断がつかぬ手ごわき奴である。
本まぐろにしてもキロ千円から四万円の差はあるそうだし、近海、遠洋、冷凍、畜養に、ミナミ、キハダ、ビンチョウと、種類もさまざまある。
始める前には、差は出ないんじゃないか(あるいは違いが分からないかも)と不安になり、こりゃ企画倒れになるかもしれぬと心配した。
しかし初日でそんな思いは覆される。
さすが天下の魚市場、大差はつかないものの、各店それぞれに違いが見受けられたのである。
結果悩みに悩み、選び抜いたのが今回ご紹介する八軒である。
では、それぞれの店を紹介する前に、築地のすし屋事情を整理しておこう。
まず場内組では主として二系列。
「大和寿司」をはじめとした、場内六号館周辺に位置するお値打ち価格の人気店と、やや値段は高めながら、しっとりとしたすし屋の雰囲気を醸し出している「龍寿司」や「岩佐寿司」などの 号館組である。
次に激戦区の場外では、都内にチェーン展開する檄安店系。個人経営の一般すし店系。回転すし系の三系列がしのぎを削っている。
それぞれに長所はある。
もちろん、銀座の一流すし店に通う御仁を満足させる水準ではないかもしれないが、ホンマグロだろうとミナミだろうと、お客さんに楽しんでもらうために、愛情に富む企業努力をしているのである。
そんな客への愛情を最も感じたのが「大和寿司」である。
ご存じ長蛇の列ができる、築地最大の人気店だ。
握りはやや切り身が大きいものの、酢飯にしなやかにのっていて、煮切りの照りが食欲そそる。
赤身をゆっくりと噛めば、ほのかにほのかに酸っぱい香りが漂って、淡い渋みが広がる。まごうことなき赤身の持ち味だ。
ミナミマグロだというが、その特徴のあるつるりとした食感が、ほどよい甘みの煮切りと合わさって、口の中に滑らかに滑り込んでいく。蛇腹のトロも脂がさほどくどくはない。
廉価でミナミマグロの特色を生かして楽しんでもらおうという心意気と下町風の気さくさが温かい、心地好い店である。ただし行列覚悟。避けるなら、雨の日の八時半頃が狙い目である。
「龍寿司」の握りは、なんといっても姿がいい。
切り身と酢飯のバランスがよく、すっとさりげなく収まった、一口で頬ばるに最適なサイズだ。
数秒間煮切りに漬けたづけの握りは、天然本マグロならではの深い赤が艶やかで、唾を飲み込みたくなる佇まい。じんわり染みた煮切りによって、酸味が際立ち、顔が緩んでしまう。
中トロは、甘く感じる脂の食感と赤身との味の濃淡があって、脂がぐっとのった蛇腹のトロは嫌味なく、脂がするりと口腔内で溶けていく。
お決まりにすると二倍近く酢飯が大きくなるため、この店の真髄はお好みにあるといってよい。ただしさすが天然本マグロ。六号館辺りに比べると倍の値段。天然本マグロの価値の高さを、身をもって知るのであった。
「寿司大」の魅力はお手軽感だろうか。
行列覚悟の人気店だが、入ってしまえばなんとも居心地がよい。
実は築地すし屋行脚をこの店から始めたのだが、マグロだけを注文するという奇異な客に対して、自然な対応で気分よく食べさせてくれたこの店に、どれだけ勇気をつけられたことか。
写真を見ていただきたい。中トロと赤身に挟まれた霜降りと蛇腹の大トロ。
この二つを食べ比べるなんぞ、普通のなら常連だけに許される大胆不敵な行為だが、この店ならなんなく頼むことができるだろう。
さらにやや甘めの煮切りはトロと相性よく、とろりと舌を包み込む感覚を、やさしく持ち上げてくれるのだ。
さて四軒目は、回転ずしファンの皆様お待たせしました「すしざんまい」。
場外に五店舗展開するやり手が挑む回転ずし屋である。
ここで感心したのは、酢飯のうまさ。
ほんのり温かくてほの甘く、魚の温度とのコントラストがある。
回転ずしとしては異例の立派である。
肝心のマグロはなかなかの健闘で、酢飯に対して魚が大きすぎる部分はあるが、味わいが嫌らしくなく、こりゃあみんなが皿を重ねるわけだと納得した。また、すっきり味のビンチョウや最近人気の炙りトロなど、豊富なラインナップも人気の元だ。
歴史の浅い店ながら健闘光る「おかめ」の握りは、こぶりで形がいい。
おすすめは中トロで、ニューヨーク産の本マグロの脂が、舌にすっとのってくる。
話上手なご主人の作り出す雰囲気にのせられて、ついつい長居してしまいそうな店である。どうやら六号館はレベルが高いようだ。
貝類の握りで有名な「岩佐寿司」でのおすすめは、中トロやトロである。
天然国産本マグロだそうだが、今回食べ歩いたすし屋の中ではもっとも脂のキレがよく、さらりとして上品な味わいが人肌の酢飯となじんで、口の中から消えていく。
やはりマグロの脂はこうでなくちゃと思わせる実力者である。
場外で静かに店を構えるのは「丸川寿司」。
赤身の握りはやや冷たかったが、柔らかな酸味が伝わって、マグロの質がうかがえる。そうそう、若い主人が黙々と仕事する姿勢には、つい応援したくなってしまった。
さて最後は再び回転寿司。
店先でもマグロを売る、その名も「蔵マグロ」。
回転すしにありがちな脂のくどさを感じない点は、マグロの名を冠するだけあるわいと一関心。
日によっては、カマトロや背トロといった珍しい部位も味わえるのが売りである。
いやあどうです、築地まぐろ三昧。ぜひ皆さんも、おいしく食べようとする心構えを携えて、頭と舌に栄養あたえに出かけてみませんか。
最後に落選した店の理由も述べておこう。赤身の食感のだらしなさと冷たすぎて風味がない点、トロ系の脂が舌に残るなどの点が見受けられ、今回はやむなくはずさせてもらった。
写真はイメージ