皿から自分の個性を消したら

食べ歩き ,

「皿から自分の個性を消したら、野菜の香りがしたんです」。
いわき市のフランス料理店「Hagi」の萩春朋シェフは、訥々と話しだした。「世界中から集めた食材を使って、自分の故郷いわきの人たちにフランス料理を食べてもらおう」。「Hagi」はそんな思いで始めた店だった。
だが震災が起こった。
お客さんが来ない日が何日も続く。
「ヒマだから畑を手伝っていたんです。そうしたら東京の人たちが手伝いに来ていて、とれたての野菜に感動するんです。当たり前だと思っていたことに驚き、それから考えを変えるようになりました」。
震災後は、自分の店はまったくお客さんが来なかったが、ラーメン屋や焼肉屋には客が入っていた。
「ああ、人間辛い時は濃い味を求めるんだなと。フランス料理の意味を考えるようになりました」。
「Hagi」は1日一組しか客を入れない。
一人でやっているせいもあるが、それより「その日収穫されたものだけで料理をしようと思ったら、それが限界なんです」。
料理の前に様々な野菜や肉、魚、小麦粉などの実物を見せながら、説明してくれる。その時の萩さんは、子供のような笑顔になって、とても嬉しそうである。
「2時間前まで畑で野菜を収穫していたんです」と、心の底から笑う。
震災後、ようやくお客さんが戻り始めた頃、お客さんはなによりもシェフの安否ことを気遣って、くれたという。
「その時思ったんです。今まではただ料理をしてお金をいただいていただけだった。これからは今まで生かしてくれたお客さんのために、採れたてものだけで料理をしよう」。
店は、駅から遠く、里山の中にある。
こんな不便な土地で、しかもいわきでやっていけるのか? と思ったが、彼は言う。
「儲けようと思ったら人は来なかったですが、いいものだけを出そうと思ったら、お客さんに来ていただけるようになりました」。
母親と二人だけで営む山中のレストランは、そうして今夜も店を開ける。
野菜、豚肉、馬肉、牛、鶏肉、魚介、パン、バター。
すべてがいわき市と福島県の食材である。
風評被害にさらされながらも、前に進んでいこうとするいわき市の誇れる生産者の食材を使い、料理をする。
毎日畑へ行き、収穫し、二時間前に採れたばかりの野菜を使い、笑顔を浮かべて料理をする。