皮と脂にまだ命があって、人間をたぶらかそうとしている

食べ歩き ,

皮と脂にまだ命があって、人間をたぶらかそうとしている。
ぱりっ。

ちゅるる。
音を立てるかのように、脂が甘く溶けていく。
北京ダックという料理のおいしさを、初めて教わったのがこの店だった。
そぎ切った美しい皮下には、白き脂が張り付いている。
その切った厚さと断面の大きさが、それ以上でも以下でもない。
見事に計算された精妙な技が、脂と皮の魅力を余すことなく舌に広げさせる。
片栗ではなく、コンスターチで作った餅の大きさと厚み、弾力。
砂糖を入れずに、京味噌自体の甘みと油のコクを生かした甜麺醤。
同寸に切られた、青々しき胡瓜とネギの香り。
すべてに意味があって、北京ダックを生かし、息を吞む均整美を生み出している。
モチッと歯が餅に包まれば、パリッと皮が弾け、すかさず甘い脂が舌に広がり、味噌の甘みや野菜の香りが引き立てる。
うっとりと中空を見つめながら笑うことしかできない。
北京烤鴨という料理の神髄がここにある。
数多くの北京烤鴨を食べたが、この店と並ぶ味は、今だに無い。
日本で唯一の、正宗北京料理の伝承者、「北京遊膳」斎藤永徳氏の料理である。