熊と鮑
鮑のシヴェである。
シヴェとはご存知のように、由緒正しくは、リエーブル(野ウサギ)で作られるソースで、他にもイノシシ他のジビエや牛豚類でも作られる、内臓や血入りのソースである。
それを井上シェフは、鮑の肝で作った。
皿から立ち上る香りに目を細め、鮑を切ってソースをからめ、口に運ぶ。
ふふ。一口で陥落した。
肝と赤ワインが完全に一つになっている。
赤ワインはより色香を灯し、肝はエレガントに変身し、溶け込んでいる
濃度のあるソースが、鮑のしなやかな肉体にまとわりつく。
その様子がなんとも甘美で、ゆっくりと脳みそを溶かしていった。
かたや熊である。
サボイキャベツの葉をどけると、熊がいた。
蜂蜜と赤ワインでマリネした熊の手と干した香茸を、その戻し汁とともに煮込んだのだという。
ほぐされた手は、くにゅりと溶けるようにコラーゲンが崩れ、香茸はシャキリと凛々しい歯ごたえを見せる。
熊の甘い香りに香茸の山奥から漂う香りが、かぶさる。
妙なる香りと食感の出会いに、震えた。
新潟の恵み深い山と海の勢いが、神秘さを増し、心に深く刻まれていった。