世界で一番焼くのが難しい肉ではないだろうか。
一頭一頭の個体差が激しい。
今まで肉を焼いてきた経験が、まったく通用しない。
しかし彼は、最初から完璧だった。
肉の純粋さを、負荷をかけることなく引き出したのである。
自然放牧牛ジビーフは、アンガスながら、他に例がない。
最初彼が牧場で食べた時の第一印象は、「マジかよ。これ難しいぞ」と、自分が料理できるイメージがまったく湧かなかったという。
それが今は、「ジビーフを食べたい」と名指しでやってくるお客さんが増えた。
彼が焼くジビーフは、「呑める」味わいである。
咀嚼はするが、噛んでいくうちに穢れのないエキスがソースと溶け合い、体に染み渡っていくような感覚がある。
それでも彼はいう。
「まだまだ満足していません」。
日々の仕事を完璧にこなしながらも、日常に決して満足せず、さらなる高みを目指す。
優れた職人が誰しも持つ資質である。
さらにソースのことも言わなければならい。
「焼きながらソースをどんな状態にしようかと、いつも独り言をいいながら考え続けています」。
フランス料理では通常、仕込んでいたソースを皿で合わせる。
しかし彼は、毎回肉の状態を見て変化させる。
「軽いのではなく、この肉だからこその適切な重さを作ろう」と、毎回神経を研ぎ澄ます。
こうしてジビーフへの敬愛と、フランス料理としてソースのあり方が、この料理の美しさを生み出している。
それはとても官能的であり、今日本で、最もフランス料理のエスプリを表現している料理ではないだろうか。
最後に彼は言った。
「ジビーフは難しい。でも焼いていて、ソースを作っていて、こんなに面白い肉はない」。
銀座「ラ・フィナージュ」 高良シェフのジビーフ。