深く。永遠に深く。
ソースの深淵が見えぬほど、深い。
複雑なうまみを満々とたたえているのに、軽い。
酸味が華やかで、滋味が艶やかに流れていく。
と書いてみても、このソースの味わいには一ミリも近づけない。
夜より遠く、秋の空より高く、人間の表現力など無力である。
野菜の甘みを出さぬよう、野菜の量をぎりぎりに抑えたイノシシのフォンと10本の赤ワインを注ぎ込んだソースは、人間の叡智を超えた宇宙を紡ぎだす。
人の手が一切かけられてないような神秘に、心は溶かされ、
甘美と妖艶が舌を包んで、陶然となる。
その中で猪の肉と脂は、甘く、ゆっくりと崩れていく。
「ほかの店よりワインを3倍使っています」。
煮込み料理だけを担当して20年以上となるという三宗直紹料理長は、そう力強く言って目を輝かせた。
「シェイノ」にて。