安倍川餅史上、群を抜いていた。
小さい店に入ると、畳敷きの小さい間が待ち構える。
人はいない。
「ごめんください」と、声をかけると
人の気配がして、横の小窓からご主人が顔を出した。
「いらっしぃませ。今日はどう致しましょう」。
60代のご主人がたずねる。
できますものは安倍川餅(ここでは「あべ川餅」と書く)のみと、潔い。
ほかのあべ川餅屋のように、様々な餅菓子とか和菓子は扱ってない。
お客は個数を言うだけである。
注文すると奥様が出ていらして、小窓奥にある木箱を開け、餅を伸し、切って、隣のすり鉢状陶器に入った黒蜜液に投入する。
ご主人はその横で、家紋入り塗りの重箱にきな粉を入れて、黒蜜に浸かった餅に、きな粉を木べらでまぶす。
そして箸でパックに入れて紙で包み完成となる・
完全なるアラミニットである。
あべ川餅をひとつまんで口に入れて驚いた。
柔らかい。
なんとも柔らかい。
歯が抵抗もなく、ふんわりと包み込まれる。
ふわふわの羽毛布団に体が沈んでいくような感覚がある。
こうして、極限の柔らかさを持ちながらも、なぜかコシがある。
噛めば70回ほど噛んで、ようやく消えていった。
他のあべ川餅屋のそれは、ここより少し固いが、噛む回数は30回ほどである。
噛む回数が多い分、もち米本来の甘みも感じ取ることができる。
餅のつき方も違うのだろう。
だが何より、作りたてが生んだ、おいしさなのである。
だから送ることはできない。
ここに来ないと、味わうことは叶わない。
7個でたった300円なれど、このために福井に来てもいい。
300円で、これほど幸福感を含んだ菓子はないと思う。
あべ川餅とは、単に餅をきな粉と黒蜜にまぶしただけのお菓子ではない。
優しい甘みの中で、餅とたわむれる菓子なのである。
あべ川餅王国福井の幕末から続く老舗「蝋金餅店」にて