「静岡焼きを目指しています」
「瞬」の岡田さんは、そう静かに言われた。
関東風に蒸さないが、ふっくらと柔らかく。
関西風の地焼きながら、腹側はしっとりと。
数々のうなぎ職人を見てきたが、こんなに静かに焼く人は見たことがない。
返すのも数回であるし、団扇であおぎもしない。
「団扇は持ってないです」。
そう言って、笑われた。
そうして焼かれた鰻は、筋肉の凛々しさに満ちて噛む喜びがあり、タレではないうなぎ自身のあまみを感じ、皮がパリンッと弾け、しかも味が澄んでいる。
これはまさしく誰にもできない、岡田流の「静岡焼き」だろう。
その凄みを感じて尋ねた。
「ご自身が理想とする静岡焼きに、どれくらい近づいけたと思われますか?」
その途端、物静かな岡田さんの目が見開いた。
「とんでもないです。毎日が怖くて怖くて、恐怖の連続です」。
16歳から30年間、うなぎ職人を続けてこられた彼は、そう答えた。
毎日毎日の仕事を、明確な理想を抱きながら、少しの緩みもなきよう、こまめに点検する。
決して自分に妥協せず、精緻な仕事を目指す。
その結実として、多くの人に認められながらも、決して現状に満足はしない。
そこには、常に理想を目指し、もっとおいしくなる方法はないかともがき続ける、真っ当な職人の姿があった。