恋慕。

食べ歩き ,

ある日突然、その人に会いたくなる。
「香味屋」のオムライスである。
「オムライスください」。
そう注文する声が、少しうわずってしまう。
やがて運ばれたオムライスを前に、歓喜のため息を一つつく。
ケッチャップもかからず、シワ一つない美しき姿に目を細め、そっと柔肌に指先を添わせる。
できることなら頬ずりをして、玉子のぬくもりを確かめたい。
さあスプーンを入れよう。
その瞬間、小さな声で「ごめんね」という。
割れた肌から、オレンジ色のチキンライスが見え、再び歓喜のため息を漏らす。
内側が半熟になった玉子には、上品なチキンライスと一体になろうという思いやりがある。
食べれば、春の陽だまりを感じさせる優しさがあって、幸せが忍び寄る。
半分ほど食べたら、ウースーターソースを、ライス部分にちょいとかける。
先代の社長が好きだったという食べ方である。
特製ソースの辛味とうまみが、オムライスの味を膨らませる。
ソースの下手の迫力が、さらに食欲をわしづかみにする。