トーストは幸せを呼ぶ食べ物だ。
眠い目をこすりつつ、香り高いトーストをがぶりと噛む。
その途端に、眠っていた脳や胃袋がむっくり目覚め、生きてるぞぉという声が体中を駆け巡る。
単純にして明快なおいしさは、白飯同様、朝に欠かせぬ贅沢だ。
そんなトーストは、単純であるからこそこだわりたい。
まず第一にパンの質。
焼いた面の軽やかさと中のもっちり感、そしてなにより耳のおいしさがあってほしい。
第二に、まんべんなく焼色(トースターが好ましい)がついていること。
第三に、焼き面と中のバランスと、食べやすさや手軽さのために、パンのサイズは小ぶりで薄切りであること。
そこに良質のバターやジャムが塗られれば、間違いなく幸せ運んでくる。
この条件が見事に揃った、プロの技が光るのが「アロマ」である。
パンは食パン界の重鎮、田原町ペリカン製。作る様を見ていると、約二センチ幅に切ったパンをトースターに入れ、一定時間で取り出して裏返し、再び焼く。
焼き上がったパンに手早くバターを塗って目の前へ。香ばしく焼き上がったパンは、表裏ともむらがほとんどなく美しい。
たまらずかじれば、サクッと音がしてバターの香りが顔を包み、歯は白く甘く、もっちりとしたパンにめり込んでいく。
耳は軽やかに崩れて、タルト生地のような存在感。たった九センチ四方に込められたおいしさに、もう顔は緩み放し。
シンプルなバタートーストがおいしさの極みだけど、塩、マスタード、少量のマヨネーズとともに、タマネギとピクルス挟んだ、オニオントーストもおすすめである。
天然酵母パンの聖地「ルヴァン」のトーストも味わい深い。
イングリッシュ・ローフのトーストで、ガリッと痛快な歯触りで迫る皮が香ばしく、表面はカリカリと軽やかに、中はモチモチ弾む食感だ。
三者の対照的な食感にうっとりとしていると、ほんのりとした甘みと酸味がにじみでて、かみ締めるほどに味わいが膨らんでいく。
心が癒されるようなおいしさで、少量つけられた胡麻のアクセントもいい。
パン自体の個性が深いので、バターに蜂蜜を練りこむようにして塗ると、おいしいぞ。
築地「愛養」のトーストは、アロマ同様の単純ながら奥深い。
トースターで焼かれ、見事な手際でバターが塗られたトーストは、やはり小ぶりで焼きムラなく、カリリと仕上がっている。
おすすめはバターとジャムが半々に塗られたハーフ。
六切りはちょうど一口サイズで食べやすい。
さらにうれしいことに、焼き方三種、切り方六種、耳の処理五種、塗り物、塗り方、量など、全部で約四百五十の組合せに応じてくれる。まさにここはトースト王国である。
最後はちょっと変わったトーストを。
山本海苔店が経営する「ラメール」だ。山高パンを香ばしく焼きあげ、バター、醤油を塗って海苔を乗せたトーストである。
たわいもない技ではあるが、そこは海苔屋の矜持が生きていて、海苔香りが高いゆえに、バター、トースト、醤油の香りと調和して、にんまりとさせるのである。
お相手にコーヒーもいいけれど、おもわず日本茶が飲みたくなる、ほほえましいトーストでもある。