平和は、いまここにある。

食べ歩き ,

野菜たちの体に、幸せが満ちていた。

カブも人参も、胡瓜もカリフラワーも、斉須シェフの手にかけられたことを誇りに思い、輝いている。

命のしずくを滴らせ、「食べて」と、耳元で囁く。

 

塩と酢、コリアンダーが使われているが、この一点しかないという、味の頂きを極めて、佇んでいる。

それは静かで、どこまでも健やかな味である。

どこまでも透き通った、うま味である。

 

正直に言うと、僕はこの料理を初めて食べた30歳の時、良さがわからなかった。

さらりと舌の上を通り過ぎていく、野菜の声を聞くことが出来なかった。

でも今は、しみじみと、しみじみと、うまいなあと涙する。

食べ終わっても、微かなうま味の余韻が、体の底からさざ波のようによせては返す。

 

平和は、いまここにある。

 

僕は学校行っていないから理論はわからない。でも野菜をこんな食感にしたいというイメージがあって、それで色々考えてやっているうちに答えを見いだす。してやったりという感じでたのしいんです」。

「この野菜のエチュベは、パリにいた時だから40年近く、ほぼ毎日作っています。でも出来上がると、明日はもっとうまく作れる。そう思うんです。だから作り終わると、この感触を忘れずにいたい。すぐにまた作りたくなるんです」。

そこで僕は尋ねた。

「でも野菜は毎日少しずつ違うと思うんです。それを同じに仕上げるにはなにに一番気をつけていますか?」

シェフは即答された。

 

「体調です」。

65歳のシェフはそう言われて、目を輝かせた。

 

三田「コートドール」にて。