海老にキス、イカに穴子。
天ぷら屋の「顔」である。
全国の天ぷら屋に出かけたが、いずれかが欠けることがあっても、必ず揚げられた。
しかし6月に初めて出かけた天ぷら屋では、いずれも出なかった。
長い天ぷら屋人生で初めてである。
理由は、地元の魚介と野菜だけで天ぷら屋をやろうとご主人が考えたからである。
しかしこの定番のネタを出さないで、保守的なお客さんに満足してもらえるのか。
かなり不安もあったろう。
しかし店主は、北陸の食材に惚れ抜いて、新たな天応らの可能性をを生み出していた。
僕自身終わってみて、あれ? 海老。キス、イカ、穴子が出てないなと、思ったほどである。
考えてみれば江戸前天ぷらとは、江戸湾であがった魚介を中心に生まれた食文化である。
それぞれの地では、それぞれの天ぷらを揚げればいい。
聞けば車海老は漁れるが、日に4本しか上がらない日もあって、と地元のものではとても用意できないとのことである。
7月に出かけると、変わらず、キス、イカ、穴子はなかったが、エビは出された。
しらさ海老と鬼海老である。
しらさ海老は車海老より穏やかな、繊細な甘みがあり、霜柱をかみしめるような華奢な衣がその味を生かしていた。
一方鬼海老は、より濃い甘みを持つ。
濃いが、品があるというより庶民的な生活感がある甘さである。
頭は香りが強く、薄衣で唐揚げ状態にして出されたのが、よかった。
その他ウリ坊の天ぷらや、シャコの天ぷら、藪萱草や岩牡蠣の独特な天ぷらなど、ここにしかない天ぷらの話は、また後で。
金沢「天ぷら的馬」にて