大盛りを頼んだのに、敗北感を味わったのは、この店が初めてだった。
有楽町「ジャポネ」。連日行列の、スパゲッティ店である。
カレーもあるが、食べている人を見たことがない。
15席のカウンター席、全員がスパゲッティである。
そしてこのスパゲッティを求め、食事時には、40分も並ぶ。
これだけ待ったのだから、大盛りを頼まなきゃという心理構造も働き、皆大盛以上を頼む。
私も「ジャリコ大盛り」普通550円に150円増し)と、胸を張って頼んだ。
大盛りといっても、この店のそれは、500g級の代物である。
しかし後に座ったサラリーマン二人は、「横綱」(250円増し)。60代男性も「横綱」(700g強)だった。
瞬間、負けたと思い、大盛りで甘んじていた、ふがいなさを恥じた。
料理人は二人。
注文が入るとフライパンに、謎の液体を入れる。とろりとしたそれは、バターかマーガリンか?
そこに片手でつかんだ茹で置きスパゲッティを入れて、炒め始める。
すごい。
量りもせず、片手の感覚だけで、量を推し量れるのであった。
さらに具を入れ、味付けをし、強火にかけたフライパンを、何度も返して、出来上がる。
1日に恐らく、百人前は作っているだろう。
大量のスパゲッティを、日々炒め続ける前腕が、隆々としてらっしゃる。
さて登場し「ジャリコ大盛り」は、楕円の皿にこんもり盛られ、湯気をふわりと立てている。
顔を近づければ、食欲そそる醤油の香りに包まれる。
ジャポネの具は、エビ、肉、しその葉、トマト、椎茸、玉ねぎ、小松菜である。
2.2㎜はあろうかという太麺が油にまみれ、テカテカと光っている。
食べれば、醤油風味に、昆布茶だろうか、旨味の誘いがあって、フォーク持つ手が止まらない。
アルデンテとは無縁だが、太麺ならではの手応えがあって、クセになる。
熱々をほおばっては、時折水を飲み、途中からタバスコやチーズをかけて、味の変化を楽しむ。
下手の迫力、イタリア人には理解できない、日本庶民の味である。
味は決して濃すぎない。しかし色々なうま味が重なっている。
そして、罪悪感なく、誰にも気兼ねなく、大量に炭水化物が食べられる。
何気ないようでいて、これだけ多くの人が引き寄せられるのは、この辺りに秘密があると見た。