細い細いそばは、自らに意思があるかのように口元へ登ってくる。
唇をやさしく撫で、舌を小刻みに揺らし、口の中へと登ってくる。
そばと一緒に吸った空気は、喉に当たり鼻に抜け、草のような香りを漂わせる。
噛めば、歯を押し返すようなコシがあるのだが、細いゆえにそのコシは、歯と歯の間で爽快に弾んでいる。
こうして噛んでいるのに、なぜかそばがその姿のまま喉に落ちていったように、喉が震えている。
そばは清流に姿を変え、瞬く間に口を過ぎ喉に当たり、胃の腑に落ちていくのだ。
ああ懐かしい。これが石井さんのそば。石井さんが打ったそばだ。
唇、舌、上顎、歯肉、喉、鼻腔。
すべての粘膜が、石井さんのそばを思い出して喜んでいる。
そばつゆはうますぎず、主張しすぎず、丸くそばを支える品がある。
ずるるるるるるるっ。
勢いよくたぐっては、目を細める。
ずるるるるるるるっ。
向こう三軒両隣に聞こえるほどの音が、笑っている。
富岡「そば食堂 仁べえ」にて。