味に誠実が沁みている。
仕事が丁寧で、よどみがない。
僕は、こういう店に弱い。
今回金沢で5軒食べ歩いたが、最も心に響いた店である。
東京で修行を積まれた田尻さんご夫妻は、奥様の実家である金沢に移り住み、東茶屋街の片隅に蕎麦屋を開かれた。
蕎麦屋といっても、昼も夜も予約制で三組しか入れない。
成功しようと思っていたら、こんな営業形態は取らないだろう。
おそらく自分の仕事を見つめ直し、力を100%出せるのが、今は三組と決めたのに違いない。
突き出しの白子の玉寄せは、白子の処理が美しく、その食感を生かすそばの実との取り合わせがよく、姿が見えない柚子の香りの精妙が心を溶かす。
輪島の毛ガニを使った八寸の一品は、聖護院かぶと合わせてあった。
最近毛ガニは、ウニや時によってはキャビアと合わせられることが多いが、淡い味の蕪と合わせることによって、よりカニの繊細な甘さが浮きだつことに気づかされる。
野菜の炊き合わせやニシンのうま煮の、静かなおいしさ。
能登牡蠣揚げおろしに添えた、針葱と針柚子の寸と細さを揃えた仕事。
そして最後に、自家製粉挽きぐるみのそばを噛みしめれば、ご主人の人柄を表して、朴訥とした丸い甘さが滲む。
「ああ」。
かけそばの汁を何度も飲んでは、言葉にならぬ充足のため息をつく。
この店に出会えてよかった。
蕎味 櫂
全料理は、別で公開中。