北大路「たつ㐂」  <京都の平生>40

食べ歩き ,

初老の男性が一人、コロッケを食べている。
好きなのだろうか?
待ちわびたのだろうか?
小皿に入れられたコロッケ一個を食べながら、嬉しそうに笑っている。
やがて中華そばが運ばれた。
スープを飲み、麺をすすりながら、うんうんとうなづく。
彼はチャーシューを食べると、幸せここに極めりという表情で、「ふふふふ」と声を立てて笑った。
隣のテーブルでは30代の女性が。二人向い合いながら、カツ丼と親子丼を食べている。
時折喋るが、丼に向かう時は一心不乱という姿勢がいい。
奥のテーブルは、推定小学三年生と四年生の兄弟とお母さんの3人連れである。
やがてお母さんには、コロッケ定食480円、兄にはオムライス580円、弟には焼き飯480円が運ばれた。
弟がお母さんに言う。
「コロッケ少しちょうだい」。
お母さんは微笑みながら、コロッケを半分に切って、焼き飯の上に乗せた。
「お母さんコロッケおいしい」と言う弟の隣では、お兄ちゃんが猛然とオムライス食べている。
お腹すいてたのね。たくさん食べろよ。
僕のの隣のテーブルには、初老の夫婦が座った。
座るなり「冷奴とビール、親子丼二つ」と、頼む。
「今日の昼は、たつきで親子丼食べよな」と、やって来たのだろうか?
あるいは土曜日の昼は、「たつき食堂」で親子丼と、決まっているのだろうか。
ここには、ありふれた日常の幸せが満ちている。
僕も一人、お仲間に入れてもらい、注文をした。
「とんかつ単品とビールをください(ちなみにこれは先週まだ京都に禁止令が出る前のことである)」
とんかつは480円。
薄いとんかつにソースをかけ、ビールをごくりとやる。
古河ロッパが「とんかつは肉が薄い方がいい」と言っていた時代の姿が、ここにはまだ残っている。
衣と肉が同等、いや衣が勝ち気味な侘しい味が、酒を呼ぶ。
喜びが体の奥底から競り上がってきたところで、追加した。
「中華そばをください」。
「はいよ、中華そばね」。
厨房からご主人が答えた。
老夫婦で切りもられる店は、奥さんが炒め物と揚げ物、旦那さんが麺料理と丼物をされている。
そして自分が作ったものは、自分で運ぶ。
やがてご主人が「中華そば」500円を運んできた。
こっくりとした醤油味のスープに、京都の中華そば特有の中細ストレート麺がからむ。
ああ、しみじみとうまい。
蒲鉾にチャーシュー、ネギというシンプルな具も素敵である。
チャーシューを口に運んだ。
チャ―シューというより煮豚だな。
しっとりと染み込んだ、煮汁の甘辛い味わいが舌に広がっていく。
その瞬間に僕も、「ふふふ」と笑った。
北大路「たつ㐂」にて。