割烹と肉。

食べ歩き ,

「アレルギーなど食べられないものはございますか?」
レストランに電話予約を入れると、必ず聞かれる。
「まったくありません。当日を楽しみにしています」。
いつもはこう答える。
しかし初めて行く割烹では、時々こう答える。
「すいませんが牛肉は外していただけますか」。
ご存知のようにアレルギーではない。
大好物である。
割烹で焼かれた牛肉もおいしい。
しかしいつも二つのことを思うのである。
これであったら、イタリアンのあのお店で、フレンチのあの店で食べたい。
肉を食べるなら、長年肉を焼く技術と感性を磨いてきた、洋食の店で食べたいと思ってしまう。
もう一つは流れである。
サシの入った牛肉はおいしい。
だが今までの美しい日本料理の流れを、その脂は断ち切ってしまう。
せっかくの優美な余韻を、消し去ってしまうと、勝手に思っていた。
だから「牛肉は外してください」と、無理なお願いをしてしまう。
だが「なかひがし」のジビーフ のように、巧みに料理の流れを変えずに増幅してくれる店もある。
また見事に焼いてくれる店もあるので、食のジャーナリストとしては、敬遠するのは正しいことではないとも思う。
しかし長年心にひっかかっていた。
だが先日、その小骨のようなものがすっと外れた。
京都「月おか」である。
出された肉は、十勝若牛だった。
若牛ならではのしなやかな滋味が、すうっと舌に馴染む。
それまで出された料理の数々、海や川、里や山の恵みの味わいとも淀みなく、仲睦まじくする。
そえた山菜もまた、共に食べると、より自然に戻っていく。
新保さんの手当ても素晴らしいが、若牛を選んだセンスだろう。
いやそれよりも、いかにも肉を焼くのが好きですといった表情で、嬉しそうに焼く月岡さん自身の肉への強い敬意が、この牛と出会うきっかけを作ったのだろう。
大体割烹で、どこが骨つきで仕入れるというのだ。
おくどさんで、楽しそうに焼かれる月岡さんを見ながら、そう思った。