僕がグラタンを好きなのは、その味ではなく、フォークを差し込む瞬間なのではないかと思う時がある。
静かにフォークを差し込み、ゆっくりと持ち上げる。
その時、少し気が遠くなる。
中には何が入っているかわかっている。
どんな美味しさかも想像がつく。
でも、ところどころに茶色く焦げ、香ばしい、人跡未踏の地に銀器を差し込む。
あの光景がたまらない。
子供の頃から好物で、「今夜はグラタンを作ろうか」と母から言われたときには、小躍りし、特別にグラタン皿を二つ分作ってくれるよう懇願した。
力を上げて持ち上げれば、乳白色のホワイトソースをまとったマカロニが現れる。
待ちかねたマカロニは、湯気とともに空に上がり、フォークにしなだれる。
母が作るのはいつもチキングラタンで、一度連れて言ってもらった洋食屋でエビグラタンを食べたときには、驚いたなあ。
さらにマカロニが細く長く、ホワイトソースも家庭で食べるしっかりしたのではなくゆるゆるで、心が溶けていったなあ。
子供の頃から、何度も食べてきた。
大人になって、たくさんのご馳走を食べた。
でも、この最初にフォークを入れた時の胸の高まりだけは、おさまらない。
まだ食べてないというのに、幸せが体に一気に満ちて、気が薄らいでいく。
こうして書いていると、また食べたくなってくる。
順に
根岸「香味亭」。銀座「資生堂パーラー」。浅草「グリルグランド」。人形町「芳味亭」。目白「旬香亭」。