有楽町「東京會舘プルミエ」

伊勢海老のテルミドール。

食べ歩き ,

伊勢海老のテルミドールに、久しくお会いしていない。

お元気にしていらっしゃるのだろうか? 

果たして以前お会いしたのは、いつだったのだろうか?

叔母の結婚式だったのか、友人の結婚式だったのか。帝国ホテルだったのか、ホテルオークラだったのか。

いや、小学六年生の時、祖父に連れて行かれた東京會舘「プルミエ」で、母の頼んだテルミドールが、切ろうとした瞬間に皿から飛び出して、

「おお、まだ生きてるわい」と、祖父が大喜びしたときだったか。

三十年前か四十年前かもわからない。

それともすべて夢で、食べたことがあるのかもわからなくなってきた。

当時から、相当な高級品であったことは確かである。

なにせエビフライが高級な食べ物であった時代であるから、伊勢海老のテルミドールなぞ、雲上人であった。

やんごとなき方や、大富豪が食べる料理で、一般庶民は、結婚式のときにだけ出会いなさい。

一世一代の結婚式のときは、テルミドールで見栄を張りなさい。

そう命じられているような料理であった。

思えば、伊勢海老も不幸なのかもしれない。

実は気さくな性格で、気楽に庶民と語り合いたいのに、ヘタに図体がでかく、晴れ晴れしい色合いの殻を装着してしまったがゆえに、祭り上げられてしまっている。

ましてや料理名が、「テルミドール」である。

玉座から睥睨されている名前である。

意味がわからんから、余計に神々しい。

普通古典系料理名は、地名や地位などがつけられているが、これは異なるようである。

なにかこう、近寄りがたい、高貴な香りが漂っている。

調べてみると、もともとは、フランス革命後に十二年間フランスだけで使われた暦法の、詩人ファーブル・でグランティーヌが創案した文学的月名で、現代でいえば、七月十九日から八月十八日にあたる、熱月(第十一月)をさす言葉だという。

その後の一七九四年七月二十七日(テルミドール月九日)に、ロベスピエール派が反対派のクーデターで壊滅し、以後主導権を得たブルジョア党が、反革命的社会秩序の形成を図ったことを「テルミドール反動」という。

ほら、もう大変なことになってきた。難解で何度舌を噛みそうになったことか。

それはつまり高貴ってことなんですね。

以下次号