丘の上で、夕日が沈む海を見ていた

食べ歩き ,

丘の上で、夕日が沈む海を見ていた。
ホタルイカは、自らの命を誇るかのように、煮こまれてもなおふっくらと身を膨らませている。
そっと口に含めば、小さな身に詰まったホタルイカ特有の海が、しぶきを上げ、渾然となった野菜の甘みが広がっていく。
野菜、イカワタ、タイム、サフラン、ホタルイカ、トマト。
どれも突出することなく、渾然一体となって、優しく舌を包み込む。
精妙に計算されたであろう要素は、人間の意図など微塵も見せず、どこまでも自然だ。
ホタルイカを口に含みながら、合わされたシェリー、Vinos Viejos Amontilado 1830/El Maestro Sierraを、そっと口に含む。
50年以上の時を超えた琥珀色の液体が、するりと舌に広がると、料理と酒が抱き合い、夕暮れの港町に溶けていった。
懐かしい。
とっさに浮かんだ感情はなぜだろう。
行ったこともない、セートの町で、夕暮れの海を眺めながら、今日一日に感謝して、料理を食べ、酒を飲んでいる。
作ったテッドコションを一度分解して、スープに仕立て上げた皿の時にも、同じ感情が湧き上がった。
再構築の面白さ以上に、郷愁がよぎって、体の底から感動がにじり寄る。
温かい余韻が、静かに体の中を漂う心地よさ。
生きてきた喜びを、じんわりと噛みしめる時間。
尖鋭を感じさせずに、人間と時が育んだ郷土料理への敬意を込めた、岸田シェフの新たな心根に、心が潤む。
「カンテサンス」
「ホタルイカの野菜煮込み セトワーズ」
南仏ランドック地方の港町セートの名物料理。
サフラン、トマト いかわた、たっぷりの野菜ソースの中で、炒めたホタルイカの足と、クスクスとタイムを詰めたホタルイカの胴体を煮てある。