渋谷の「JADA」では、ライウィスキーと蜂蜜、レモンをシェイクしたカクテルを勧められた。
バーボンより風味が軽いライウィスキーと蜂蜜のまろやかな甘み、レモンの酸味が見事に混ざり合って、適度な重みと軽やかさが調和している。
メジャーリーグの有名選手が好んで試合後によく飲んだのだそうである。
たしかにポットに入れていって、夏の神宮や甲子園辺りでやったらたまらないだろう。
ゴルフのプレー後にも最適だろう。
夏の日差しと試合内容で熱くなった頭を、静めるような粋がある。
自宅で静かに、「君知るや、レモン花咲く国」と、ゲーテの詩を読みながらも、団鬼六の「檸檬夫人」を読みながら飲んでも似合う。
度量の広いカクテルである。
また同店では、ボギーズハイボールというカクテルもいただいた。レモンとドランブイを混ぜてソーダ割にした、ハンフリー・ボガートが好きだったというカクテルである。
こいつは甘い。
高倉健はカルピスハイが好きといわれているようなもので、本人のイメージとはほど遠い甘さである。
ボギーの私生活は、渋くはなかったのだろうか。
レモンは酸味が強すぎるため、主立って使ったカクテルはそう多くはない。
ライムのほうが圧倒的に使用率が高い。
だが本来はライムのものをレモンに変えると発見がある。
例えば、「カイピリーニャ」というライムとピンガと砂糖を使ったカクテルがあるが、これをレモンにし、酒をホワイトラムに変更して、銀座「STAR BAR」でいただいた。
和歌山の農家から送られてきた無骨なレモンを、カットして木の棒で荒くつぶし、ホワイトラムと砂糖を混ぜて、荒く砕いた氷を入れたロックグラスに注いで飲む。
痛快である。
丸かじりしたような酸味や苦味や香りの成分が、ラムのコクに持ち上げられて、滑らかに舌を通り過ぎていく。
深夜のバーのスツールに、深く沈んだ身が、強烈な日差しが降り注ぐ、ジャマイカの浜辺に飛ぶことが出来る。
飲み進んでいくと、檸檬の油分と苦味が次第に抽出されてくるので、よりクセの強いホワイトラムを継ぎ足して飲むと、なおさら気分は盛り上がる。
このようにレモンのカクテルは、心を飛躍させ、周囲の状況を一変させてしまう強引さがある。
グラスに太陽の灼熱を宿す力がある。
日本でのレモンは、若く、青い女性にたとえられることが多いが、酒と出会うとその印象に反して、自らの世界観に引っ張り込む、男勝りの豪腕という本性を見せる。
いや、可憐な容姿や先入観に魅せられて、底支えされているよう気分になっている男たちが、実はしたたかな彼女たちの手の内にいるという意味ではおんなじか。