「有楽町のガード下に、ミルクワンタンという、牛乳入りのスープにワンタンが入った、奇っ怪ながら、何とも言えぬうまさをもつ料理があるんだよネ。一度、騙されたと思って食べてみな」。
この手の話は気をつけたほうがいい。
話にのせられて食べると、言葉通りに騙されてしまう。
十年ほど前に、友人からこの話を聞いたときにもそう思った。 だいたいミルクというところが怪しい。
どうも世の中には、妙な牛乳好きが多いようで、ミルク鍋、ミルク茶漬け、ミルク風呂(これは関係ないか)などを、愛好する輩がいる。
わたし自身、ミルクを温めたときの匂いがあまり好きではないので、なおさら食指が動かない。
動かないのだが、聞いたときに浮かんだ奇妙なイメージは、常に頭の片隅に残っていたようで、ある日有楽町でたまたま時間が空いたとき、急に思い出した。
しばらく悩んだが、食べてみる決意をした。嗜好より、好奇心が勝ってしまうのが、わたしの悪い食癖である。
店は、昼でも薄暗いガード下にあって、「ミルクワンタン」、と明確に意思表示した看板を掲げている。
出来ますものは四種類(夜はおまかせで肴を出す、一人二千五百円予算の居酒屋にもなる)。ミルクワンタン、焼飯、モツライス(鳥モツ、玉葱、人参のスープで煮込み)、半モツ焼飯だ。
半モツ焼飯には心を揺さぶられたが、ここは初心貫徹、勇気を奮ってミルクワンタンを頼んだ。
見ていると、中華丼に入れた牛乳入りスープに、茹でたワンタンを入れ、モツ煮込みの鍋より、スープと野菜を少し加え、最後に韮の微塵を散らした。
白いスープに混じる、モツ煮込みの茶のスープ。人参の赤、煮込まれた玉葱の茶、韮の緑。ますます予想のつかない展開となったミルクワンタンを、恐る恐る口に運んだ。
「うまい」。
いわば、さらりとしたクリームシチューのような味である。思ったほど牛乳臭くなく、まろやかな味わいがワンタンによく合う。
とろりと柔らかくなった玉葱の甘みや、少量入り交じった、鳥モツの破片も憎い。
以来ファンになった。ファンになったばかりか、酒を飲んだ後にぶらりと立ち寄って単品で頼み、ついでにパラリと炒められた半焼飯(三百五十円)も頼んで一緒に食べる楽しみまで、覚えてしまった。
ミルクワンタン 七百円
閉店