マイ餃子史1王将編

食べ歩き ,

恥ずかしながら一年前、初めて「餃子の王将」で餃子を食べた。

なんだ、なにが恥ずかしいのかと思われるかもしれない。

でも、世間で流行っているものを食べていないというのは、タベアルキストとしては失格なのだ。恥ずかしい。

重い腰ならぬ、重い腹を上げて、中野の「餃子の王将」に入った。ビールを頼み、餃子を一人前頼んだ。

どうってことのない味である。しかしこの、どうってないことのない点がエライ。

近所のラーメン屋で働く、腰の曲がった割烹着姿のおばちゃんが作ったような、平凡のありがたみがある。

やれ銘柄豚を使ったとか、特製スープを注入したとか、白菜の代わりに青硬菜を入れましたとか、「特別」がそこにはない。

押しも引きもしない日常と、餃子の最大公約数が、見事に再現されているのである。

しみじみとうまいのでも、母に食べさせたくなるほどおいしいわけでもない。

あくまでも普通で、おいし過ぎないからこそ、老若男女で年中賑わっているのだろう。

しかし僕は偏屈であるから、普通を普通に味わいながら思った。

この普通を打破したい。普通に、様々なやり方で塗り絵をしたい。そう思った。

見れば隣も餃子、その隣もまた隣も餃子。

小皿に醤油、辣油、酢を入れて、餃子を漬け、ビールを飲む者いれば、ご飯を掻き込む者もいる。

大差がない。

誰もが当たり前のように、当たり前の食べ方をしている。

それでお前たちは平気なのか! 平々凡々と人生を終えて、なにが楽しいのか! 自民党政権でいいのか! 朝のゴミ捨てに疑問を持たないのか! 一生愛人を作らなくてもいいのか!

と、関係ないコトまで引き合いに出したくなるほど、フツーに、無自覚に食べている。

「餃子の王将」に行くなら、まず何時に出かけるのか、そこから考えろ! と、心の中で叫んでみたが、当然ながら誰も振り返らない。

ははは。ならば教えよう。

「餃子の王将」をおいしく食べるには、まず、上席を確保することから始めるのである。

餃子の焼き台の見える位置に座るのだ。理由は、ビールを頼むタイミングと、視覚効果である。

 

説明しよう。

焼き餃子とビール。両者は太古の昔から、刎頚の友とされてきた。

餃子の生誕地、中国東北部では、餃子といえば、水餃子かスープ餃子で、焼き餃子は水餃子が余ったときに作る、二次加工品である。

それが日本で餃子といえば、焼き餃子をさすほどメジャーになったのは、ビールのお供として選ばれたからにほかならない。

そのため、人は店に入ると、「餃子にビール」と、なかば反射的に声を発してしまう。

まずここから是正せねばならない。。

焼き餃子は、時間がかかるのである。

餃子が来る前に、ビールを飲んでしまったという愚挙を、あなたも経験した事があるでしょう。

まあ、餃子が来るまでビールを飲むのを待つ手もあるが、そうするとぬるくなる。

餃子が来てからビールを頼むという手もあるが、ビールが運ばれる1分弱の間に、餃子は冷めていく。

ではどうするか。

理想は、餃子が運ばれる1分10秒前に、ビールが運ばれる事だ。

冷えたビールをグラスに注ぎ、くう〜っと喉を鳴らせながら飲む。

餃子登場の前に、喉を潤わせ、口腔ならびに喉の準備体操をして、万全の体制を作るのである。

その時間が、1分10秒である。

グラスの半分まで飲み、テーブルに置いた瞬間、「はい、お待ちどおさまでした」と、餃子の皿が置かれる。

ああ、なんと美しい。

トリプルアクセルが決まった気分である。

ちなみに生ビールはいけない。

量の調節がままならない点と、餃子に合わない。

小さき可愛い餃子には、グラスに注いだビールが似合う。

従って「王将」では、生ではなく、ドライブラックの小瓶を頼む。

1分10秒前は、どう計るのか?

餃子の焼かれる工程を仔細に観察し、ここだという瞬感を捉える。

ゆえに、焼き台の見える席でないとダメなのである。

焼き台が臨める特等席は、当然台の正面で、通は「台前」と呼ぶ。

台前確保のためには、空いている時間帯を狙い、大勢では出かけない。

せいぜい二人である。

外からのぞいて、台前が開いていない場合は、待つ。

列が出来ていても、後列の人をパスする。

変な奴だと思われるが、おいしく餃子とビールに向き合うには、人目など気にしてはいけない。

「王将」なら、まず座るなり、「餃子一人前」と、頼む。

見ていると、自分の頼んだ焼き餃子が焼かれ始めるのが分かるだろう。

王将餃子の焼き時間は、約5分。最初に湯を投入し、蓋を閉めてから、3分4~50秒目が、ビール注文のタイミングである。

他店でも、最後のお湯を足すときに頼めば良い。

ただし。

お湯を足さない。ビールを運ぶのにもたつく。ビールの注文を忘れた。ビールが品切れなのに注文を受けた。といった不測事態も起きえるので、常に周囲の注文状況に気を配ろう。

プロなら(何のプロ?)、初めて入った店でも気配だけで、ぴったり餃子前1分10秒前にビールを届けさせる事が出来るという。

次に視覚効果だが、実は美味に与える感覚は、最も視覚が高い。

ある調査によれば、人間が美味と判断するのは8割が視覚情報で、10~15%が匂い、残りが味覚情報だという。

そのため、餃子が焼かれる際の映像を、しかと目に焼き付け、おいしさを増幅させる必要があるのだ。

 

さあ、餃子とビールは出揃った。

次にタレ作りと行こう。

「王将」の場合、醤油、辣油、酢、酢と醤油を混ぜた餃子のタレ、胡椒が卓上に配されている。

まず小皿を二枚取り、片方に酢、片方に餃子のタレを入れる。

餃子が来たら、最初は酢と行こう。

酢のシンプルさと油緩和機能によって、餃子の素顔を楽しむ。

続いて酢に胡椒を振り入れる。

表面一面が胡椒で覆われるほど振り入れる、「酢胡椒攻め」

酢の酸味と胡椒の刺激と香りをまとった餃子のおいしいコト。

私は、この酢胡椒にはまって、普通の餃子ダレには戻れなくなった人たちを、何人も知っている。

実はこれ、赤坂「珉珉」の方式である。

店のお母さんが、「うちの餃子はこれで食べるのよ」と、酢にこれでもかと黒胡椒を振り掛ける。

そして食べて納得する。

一方餃子ダレの方は、酢醤油で一個食べてから、辣油を投入する。辣油を入れたら、箸で徹底的に混ぜる。

脂の粒が極少になるまで混ぜ込むと、舌触りよく、味の馴染みがよくなる。

この酢胡椒、辣油酢醤油を使い分けながら、食べ進む。

辛いのを欲する場合は、餃子に辣油をかけ、それを酢醤油に漬けるという技も試されたい。

最後に餃子の頼み方も、伝えたい。

 

「王将」餃子は、最大公約数が目的ゆえ、やや焼きが甘い。

そこで「よく焼き」を頼むのだ。

すると10秒ほど長く焼いて、カリッとした食感に仕上げてくれる。

中野店では、「焼け具合はいかがですか?」と、聞いてくれた。

嬉しいねえ。もう、シェフズテーブルに座った気分である

さらには、「両面焼き」にも挑もう。

一度焼いた餃子の、焼いていない面も焼いてもらうのである。

カリカリに焼けた両面焼きは、辣油酢醤油に漬けてから、酢胡椒に漬けるという、二味漬けがベストである。

ただしこの順番を間違えてはいけない。

だがこの両面焼きは、王将餃子の特徴である、「締まりが悪い」という点を露呈し、中の餡がこぼれることがあるので、箸使いを慎重に扱うことが必要である。

また両面焼きは、通常より50秒長く焼くので、ビール注文は、そこを鑑みること。

さあ、以上を順守して、あなたも素晴らしき「王将」ライフを、送ってほしい。