恥ずかしながら一年前、初めて「餃子の王将」で餃子を食べた。
なんだ、なにが恥ずかしいのかと思われるかもしれない。
でも、世間で流行っているものを食べていないというのは、タベアルキストとしては失格なのだ。恥ずかしい。
重い腰ならぬ、重い腹を上げて、中野の「餃子の王将」に入った。ビールを頼み、餃子を一人前頼んだ。
どうってことのない味である。しかしこの、どうってないことのない点がエライ。
近所のラーメン屋で働く、腰の曲がった割烹着姿のおばちゃんが作ったような、平凡のありがたみがある。
やれ銘柄豚を使ったとか、特製スープを注入したとか、白菜の代わりに青硬菜を入れましたとか、「特別」がそこにはない。
押しも引きもしない日常と、餃子の最大公約数が、見事に再現されているのである。
しみじみとうまいのでも、母に食べさせたくなるほどおいしいわけでもない。
あくまでも普通で、おいし過ぎないからこそ、老若男女で年中賑わっているのだろう。
しかし僕は偏屈であるから、普通を普通に味わいながら思った。
この普通を打破したい。普通に、様々なやり方で塗り絵をしたい。そう思った。
見れば隣も餃子、その隣もまた隣も餃子。
小皿に醤油、辣油、酢を入れて、餃子を漬け、ビールを飲む者いれば、ご飯を掻き込む者もいる。
大差がない。
誰もが当たり前のように、当たり前の食べ方をしている。
それでお前たちは平気なのか! 平々凡々と人生を終えて、なにが楽しいのか! 自民党政権でいいのか! 朝のゴミ捨てに疑問を持たないのか! 一生愛人を作らなくてもいいのか!
と、関係ないコトまで引き合いに出したくなるほど、フツーに、無自覚に食べている。
「餃子の王将」に行くなら、まず何時に出かけるのか、そこから考えろ! と、心の中で叫んでみたが、当然ながら誰も振り返らない。
ははは。ならば教えよう。
「餃子の王将」をおいしく食べるには、まず、上席を確保することから始めるのである。
餃子の焼き台の見える位置に座るのだ。理由は、ビールを頼むタイミングと、視覚効果である。
説明しよう。
焼き餃子とビール。両者は太古の昔から、刎頚の友とされてきた。
餃子の生誕地、中国東北部では、餃子といえば、水餃子かスープ餃子で、焼き餃子は水餃子が余ったときに作る、二次加工品である。
それが日本で餃子といえば、焼き餃子をさすほどメジャーになったのは、ビールのお供として選ばれたからにほかならない。
そのため、人は店に入ると、「餃子にビール」と、なかば反射的に声を発してしまう。
まずここから是正せねばならない。。
焼き餃子は、時間がかかるのである。
餃子が来る前に、ビールを飲んでしまったという愚挙を、あなたも経験した事があるでしょう。
まあ、餃子が来るまでビールを飲むのを待つ手もあるが、そうするとぬるくなる。
餃子が来てからビールを頼むという手もあるが、ビールが運ばれる1分弱の間に、餃子は冷めていく。
ではどうするか。
理想は、餃子が運ばれる1分10秒前に、ビールが運ばれる事だ。
冷えたビールをグラスに注ぎ、くう〜っと喉を鳴らせながら飲む。
餃子登場の前に、喉を潤わせ、口腔ならびに喉の準備体操をして、万全の体制を作るのである。
その時間が、1分10秒である。
グラスの半分まで飲み、テーブルに置いた瞬間、「はい、お待ちどおさまでした」と、餃子の皿が置かれる。
ああ、なんと美しい。
トリプルアクセルが決まった気分である。
ちなみに生ビールはいけない。
量の調節がままならない点と、餃子に合わない。
小さき可愛い餃子には、グラスに注いだビールが似合う。
従って「王将」では、生ではなく、ドライブラックの小瓶を頼む。
1分10秒前は、どう計るのか?
餃子の焼かれる工程を仔細に観察し、ここだという瞬感を捉える。
ゆえに、焼き台の見える席でないとダメなのである。
焼き台が臨める特等席は、当然台の正面で、通は「台前」と呼ぶ。
台前確保のためには、空いている時間帯を狙い、大勢では出かけない。
せいぜい二人である。
外からのぞいて、台前が開いていない場合は、待つ。
列が出来ていても、後列の人をパスする。
変な奴だと思われるが、おいしく餃子とビールに向き合うには、人目など気にしてはいけない。
「王将」なら、まず座るなり、「餃子一人前」と、頼む。
見ていると、自分の頼んだ焼き餃子が焼かれ始めるのが分かるだろう。
王将餃子の焼き時間は、約5分。最初に湯を投入し、蓋を閉めてから、3分4~50秒目が、ビール注文のタイミングである。
他店でも、最後のお湯を足すときに頼めば良い。
ただし。
お湯を足さない。ビールを運ぶのにもたつく。ビールの注文を忘れた。ビールが品切れなのに注文を受けた。といった不測事態も起きえるので、常に周囲の注文状況に気を配ろう。
プロなら(何のプロ?)、初めて入った店でも気配だけで、ぴったり餃子前1分10秒前にビールを届けさせる事が出来るという。
次に視覚効果だが、実は美味に与える感覚は、最も視覚が高い。
ある調査によれば、人間が美味と判断するのは8割が視覚情報で、10~15%が匂い、残りが味覚情報だという。
そのため、餃子が焼かれる際の映像を、しかと目に焼き付け、おいしさを増幅させる必要があるのだ。
さあ、餃子とビールは出揃った。
次にタレ作りと行こう。
「王将」の場合、醤油、辣油、酢、酢と醤油を混ぜた餃子のタレ、胡椒が卓上に配されている。
まず小皿を二枚取り、片方に酢、片方に餃子のタレを入れる。
餃子が来たら、最初は酢と行こう。
酢のシンプルさと油緩和機能によって、餃子の素顔を楽しむ。
続いて酢に胡椒を振り入れる。
表面一面が胡椒で覆われるほど振り入れる、「酢胡椒攻め」。
酢の酸味と胡椒の刺激と香りをまとった餃子のおいしいコト。
私は、この酢胡椒にはまって、普通の餃子ダレには戻れなくなった人たちを、何人も知っている。
実はこれ、赤坂「珉珉」の方式である。
店のお母さんが、「うちの餃子はこれで食べるのよ」と、酢にこれでもかと黒胡椒を振り掛ける。
そして食べて納得する。
一方餃子ダレの方は、酢醤油で一個食べてから、辣油を投入する。辣油を入れたら、箸で徹底的に混ぜる。
脂の粒が極少になるまで混ぜ込むと、舌触りよく、味の馴染みがよくなる。
この酢胡椒、辣油酢醤油を使い分けながら、食べ進む。
辛いのを欲する場合は、餃子に辣油をかけ、それを酢醤油に漬けるという技も試されたい。
最後に餃子の頼み方も、伝えたい。
「王将」餃子は、最大公約数が目的ゆえ、やや焼きが甘い。
そこで「よく焼き」を頼むのだ。
すると10秒ほど長く焼いて、カリッとした食感に仕上げてくれる。
中野店では、「焼け具合はいかがですか?」と、聞いてくれた。
嬉しいねえ。もう、シェフズテーブルに座った気分である
さらには、「両面焼き」にも挑もう。
一度焼いた餃子の、焼いていない面も焼いてもらうのである。
カリカリに焼けた両面焼きは、辣油酢醤油に漬けてから、酢胡椒に漬けるという、二味漬けがベストである。
ただしこの順番を間違えてはいけない。
だがこの両面焼きは、王将餃子の特徴である、「締まりが悪い」という点を露呈し、中の餡がこぼれることがあるので、箸使いを慎重に扱うことが必要である。
また両面焼きは、通常より50秒長く焼くので、ビール注文は、そこを鑑みること。
さあ、以上を順守して、あなたも素晴らしき「王将」ライフを、送ってほしい。
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