グラタンにフォークを入れ、持ち上げる。
あの瞬間は、何度経験しても、心がときめく。
まだ食べてもいないのに、鼓動が早くなる。
グラタンは、冬になると余計に恋しくなって、いてもたてもいられなる。
そんな時に、必ず足を運ぶのがこの店である。
チーズをかけて焼いた、焼きムラのなき美しい表面にフォークを差し込んで、ぐいっと持ち上げる。
その瞬間に、気が遠くなる。
大人になって、多くのご馳走を食べていても、この胸の高まりだけはおさまらない。
所々に焦げた、香ばしく、艶めいた、人跡未踏の大地にフォークを入れる。
もうそれだけでたまらないのに、持ち上げれば、乳白色のホワイトソースをまとったマカロニが現れる。
特有のエビのアメリケーヌソースを混ぜたというソースは、薄いオレンジ色をしていて、うまみが丸く深い。
そこへチーズの塩気とコク。白ワインの微かな酸味と香りが加わって、食欲を抱きすくめるのです。
シコッと弾むようなエビの質も良く、湯気とともに宙に上がり、フォークにしなだれるマカロニの柔らかさと対比して、幸せは頂点に達する。
古き良き洋食の矜持に富んだグラタンに、おじさんは無力となり、ただただニヤつく事しかできないのであった。



