カツサンドを頼むのには勇気がいる。

食べ歩き ,

カツサンドを頼むのには勇気がいる。 だってそうじゃないですか。洋食屋なら海老フライにビーフシチュー。とんかつ屋ならカツ丼にロースカツ定食。居並ぶスターたちからの誘惑を、ふり切らなきゃいけないんですよ。

えいやっと注文しても、

「やっぱり海老フライにすりゃあよかったかなぁ」と、うじうじ悩んでしまう。 ところがカツサンドが登場した途端、状況は一変するのだ。

ふわりと湯気をくゆらせ、切り口に艶やかな肉汁をにじませたカツサンド。

たまらずむんずとつかんで頬ばれば、サクッと香ばしいパンが裂け、シャキッとキャベツが音を立てて、歯は柔らかな肉にめりこんでいく。そこへソースの辛味にからんだ甘い肉汁が流れ出て、にんまりと顔がくずれる。

「うまいっ」。と小声で囁けば、

「うまそうだなぁ」と、隣の客も羨望のまなざし。勇気に報いる豊かなおいしさに感謝しながら、やはり作りたてを食べるに限ると、強く心に誓うのである。 作りたてなら、ぼくは断然トースト派である。カツサンドのパンは第二の衣であるから、温かく、香ばしく、軽い食感のトーストのほうがカツがいきる。ゆえに店でいただく場合、『揚げ

たて、焼きたて、挟みたて』の三原則はゆずれない。

一方、時間がたって冷えたカツサンドには、別の楽しみが待っている。

持ち帰って翌朝食べるカツサンドは、ぴたりと密着して、パン、カツ、キャベツの味が

なじんだ渾然の魅力がある。

パンに染みたソースもトゲトゲしさが消え、作りたての豊満さとは異なるしなやかな

おいしさが漂う。しなやかさゆえに、おやつにも冷や酒にも合う万能選手。そんなけなげな姿に、冷たくなっても愛してやるぞと反省する。

どうやら人は、こうして二つの『旨い』に翻弄されながら、次第にカツサンドの深みにはまっていくようなのである。