にしん棒煮〈「まつや」全メニュー制覇中〉

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〈「まつや」全メニュー制覇中〉
「つまみは、にしん棒煮といってみよう」
「なんだその棒煮ってえのは? 木の棒でも煮てんのかい?」
「知らねえのかい? 野暮だなあ。京で食べられてる料理で、身欠にしんを甘辛く煮たってえ奴だよ」
「なんだ上方の料理か。ならば知らなんでも、野暮じゃあるめえ」
「いんや今は東京でも、そこら中の蕎麦屋で置いてるからな、知らねえ奴はいねえ」。
「断言するねえ。そのみがきってえのはなんだ? 磨いてあるのかい? 」
「干したニシンのことよ。それを水で戻すと、簡単に身が欠き(割り)安くなるからそう言うんだとよ」。
「じゃあ聞くが、棒煮たぁなんだ?木の棒のようにカチカチに煮るのかい?」
「いやあニシンを棒のように丸ごと煮るからそうよんでんだ」。
「おお棒煮が運ばれたぞ」
「いいだろう。この黒く艶光りしたおすがた」。
「ああうまそうだ」。
「さっそくやってみようじゃねえか。ああいいねえこのこっくりと濃い、甘辛さ。俺はこれだけで燗酒2本は飲める自信がある」。
「そんなこたぁ自信とは言わねえよ。どれどれ。おおうまい‼️ 俺は3本飲める自信がある」。
「バカなこと言ってんじゃねえ。どれどれこの硬いのを前歯で齧って、甘辛い味が染み出してきて、どんどん膨らんできてやがる。これに比べると最近の棒煮は野暮だねえ。味つけが薄っぺらで、ちっとも酒が飲めねえ」
「おい、このレモンはどうしたらいい?」
「こいつはな、絞っちゃいけねえ。レモンを乗せてある部分についた、ほのかなレモン風味をたのしんでみな」。
「なるほどな。山椒を付けるのもいいねえ。」
「おうよ。山椒にちょいと漬け、前歯で噛んだあたりで、すぐさま燗酒をお迎えする。これに越したことはねえ」。
「いいねえ。俺は棒煮を口に入れたら噛まねえで、舌で転がす。そこへ燗酒を注ぎ込むってえと、棒煮も酒も仲睦まじく味が膨らんでいい調子よ」。
「うまいねえ」。
「棒煮だけに、ボーノ❗️てか」。
「イタリア語でダジャレ言ってどうする。それを言うなら長い人生だな」。
「そのこころは」。
「噛み締めれば噛み締めるほどに、味わいが膨らんでくる」。
「お後がよろしいようで」。