「なあ母さん、うどん屋を始めようと思うんだけど」
「うどん屋って、あなたがうどん好きでうどんを打つのが上手いのは知ってるけど、それ趣味でしょ。場所はどうするの? お金ないでしょ」。
「この家でやる」。
「え?」
「だからこの家の一階を改造してやる」。
「私たちどこで普段食べればいいの? テレビはどこで見りゃあいいの?」
「昼だけやる。だから夕飯は一階で食べられるし、夕方からテレビも見ることできる」。
「従業員はどうすんの? 給料払えないでしょ」。
「なあ母さん、てんぷらあげるの上手いだろ。うどんも茹でられるだろ」。
「えぇ〜!? 仮に私が手伝っても、運ぶのはそううすんのよ」。
「娘がいる。姪っ子もいる」。
「そんな無茶な、だいたいこんな不便なところに誰がわざわざ来るのよ」
「いや俺のうどんは、そんじょそこらよりダントツに上手い。我に勝算あり」。
「おとうさん、もう一度考え直して」。
「福助」開業時には、こんな会話がなされていたかもしれない。
何しろ最寄りの駅から、しかも西武多摩湖線青梅街道駅というローカルな駅から歩いて10分はかかる住宅街である。
普通の建売民家である。
幟がなければ、ここが飲食店だと気づく人は誰もいない。
家族経営である。
お父さんが汁の味を作り、お母さんがうどんを茹で天ぷらを揚げ、娘さんが運ぶ。
最初は反対していたかもしれないお母さんも今は、嬉々として働いている。
気持ちがいい。
地粉100%で打たれた田舎うどんは、薄褐色で、ゴツゴツとした野性味のあるコシを持ち、すすれば小麦の甘い香りが鼻に抜けていく。
一方、讃岐製粉工場で作られた小麦を使う白うどんは、滑らかで艶が良く、つるるんとした唇の当たりが、心地よい。
前者は、ざるの肉汁うどん。後者は、ざるの手絞りゆず入り冷汁が合う。
温かいうどんなら、前者は肉きざみうどん、後者は釜玉がいいだろう。
カレーうどんは両方だな。
どちらかを選べと言われれば田舎うどんで、その素朴でたくましい味わいが、黙々とうどんを作る実直なお父さんんとかぶり、なんとも味わい深くなるのだな。
ああ、こう書いていたらまた食べたくなってきた。
でも、遠いいなあ。
青梅街道駅「福助」
母さん、うどん屋を始めようと思うんだけど。
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