「いらっしゃいじゃこぉ〜」。
食堂に入ると、サービスのおばさんたちの可愛い掛け声がかかった。
ここは安芸市「安芸しらす食堂」である。
しらす専門の水産会社「安芸水産」の工場に隣接しているので、獲りたて、ゆでたてのしらすが、時間をかけずに食べることができるのであった。
そのため休日には1日千人のお客さんが来るという。
それでは、基本の基本「釜揚げちりめん丼」を頼もう。
「お待たせ、じゃこぉ〜」。
おばさんがまた可愛い掛け声で運んできた。
平たい丼の上は、一面釜揚げしらすである。
ご飯は、全く見えない。
「ゆずポン酢をかけては食べ、かけては食べてね。そしてもっと酸っぱいのが欲しくなったら、ゆず酢をかけてね」と、おばさんが指導してくれた。
だがまずは何もかけず、素のままで食べることにする。
おおっ。しらすの柔らかい塩気とほのかな甘みが、ご飯を恋しくさせるではないか。
次にゆずポン酢を1〜2滴かけてみる。
うむ、酸味が効いて、食欲が加速する。
だがかけないほうが、しらすの味が生きる。
悩むところだな。
やはり僕は、何もかけない派かな。
淡い淡いしらすの甘みが、次第に舌に積もってきて満たされる。
その過程がいい。
いたいけなしらすが、主張をし始める、その時の流れがいい。
しらすの甘みに神経を傾けながら、一心不乱にご飯を掻き込む。
その姿勢がいい。
ほら、気がつけば、もう丼は空である。
なにか春の陽だまりに似た温かみが、体に宿っている。
この充実感がしらす丼の魅力だな。
「ごちそうさま」とおばさんにいうと
「ありがとぉじゃこぉ〜。またいらしてじゃこぉ〜」というので、
「おしかったじゃこぉ〜」と返したら、子供のような屈託のない顔で笑われた。
おばさんありがとね。また会いに来るじゃこであります。
隣接した工場も案内してもらった。
設立は2013年3月20日、若い会社である。
元々は父親の建設業を継ぐ予定であった、現社長の さんは、漁師が減り、水産加工業が減るのを見ていて、なんとかしょうと思い立ったのだという。
県からの依頼も受け、なんとか高知の魚の魚価をあげていくことを考え、その一つがしらす加工だった。
東京ではしらすといえば神奈川や静岡県だが、それに比べて高知の海はさらに綺麗である。
当然ながらしらすの味も澄んでいる。
名門明徳義塾で野球選手だったという さんは、持ち前の粘り強さと根性でゼロからの会社を盛り上げ味まだはしらすが足りないくらいだという。
もう一度、食堂に戻り、デザートを食べることにした。
しらすソフトクリームである。
しらすがソフトの山を登っていくようで、可愛らしい。
それでは、パクリ。
はは。面白い。ソフトクリームを食べているのだが、ご飯が欲しくなる。
ソフトの甘みにしらすの塩気が出会うと、なぜかチーズの風情漂う。
大抵のものは、ソフトにまみれ抱かれてしまうが、しらすは気を許さない。
甘さに堕落することなく、独立している。
しらすはしらすというプライドに満ちていた。