その踊りはさりげない

日記 ,

その踊りはさりげない。
踊りを「舞う」という意識が、一切表出していないのである。
山奥を流れるせせらぎのように、木々を揺らす風のように、はたまた大空をたゆたう雲のように、天地の定めに沿った自然がある。
それでいながらそこには、人間として業が渦巻いている。
時には悲しく、時には愉快で、喜怒哀楽を醸し、時には可憐に、時には色っぽく、時には凛々しく舞い踊る。
四人芸者さんと並んで踊れば、その違いは明白である。
見巧者によれば、踊りの型から次の型に移る、その流れに隙がなく、どこまでも美しいのだという。
そう彼女の踊りは、どの瞬間を切り取っても、微塵の乱れもなき、美が宿っている。
指の先まで、いや、床に垂れた着物の先の動きまで神経が行き届いて、見る者を引きこんでいく。
もう70をとうに過ぎ、足も傷められているというが、カツラや着物などの重量物をまといながらも自然に溶け込んで、人間に生まれたという無常をうったえる。
50年以上にわたり芸者人生を貫いてきた、最高齢の赤坂芸者「育子」ねえさん。