野菜が生き抜いた味。

食べ歩き ,

「今お飲みになられているお酒の酒粕で漬けました」
品が漂う白髪の女将は、そう言って漬物を出された。
大根、きゆうり、人参。
どれも野菜が生き抜いた味がする。
どうしてこんな漬物がなくなったのだろう。
「人参は、しょっぱいくらいに塩で漬けてから、酒粕に漬けます。すると粕が塩気をとってくれるのです」。
人参は根菜としてのしぶとさを残しながらも、ひたひたと甘い。
「胡瓜は、人参を漬けた後の粕に漬けないと、細くなってしまう」。
胡瓜は、味を深めているのに、瑞々しい。
「大根は干してから、小糠を敷き詰めた大樽に乗せ、また小糠と塩を合わせたのを上からかけて漬けていきます。昔はどの家でもやっていましたが、今はもう、ほとんどやらなくなってしまいました。樽も無いし、浅く漬けても、大根はいくらでも手に入る。何もなかった時代の知恵です」。
女将さんはそう言って、諦めに似たようなため息を漏らされた.
その大根を噛めば、ガリッと音が立って、歯が震える。
大根を食べている喜びがある。
噛むほどに大根の滋味が、沁み出でて、口が洗われる。
おそらくこれらの漬物は、後10年後には、もう消えているかもしれない。
心を豊かにする食べ物とはなにか。
先人たちの智慧が集積した漬物が、朴訥に僕らに語りかける。
松本蕎麦屋「三城」にて