本郷「呑喜」閉店

江戸の味。 

食べ歩き ,

お で ん 盛り合わせ七百円

おでんの季節がやってきた。
そこで早速おでんを食べようと町に出ると、さまざまなおでんと出会うことができる。屋台のおでん屋、醤油味の濃い、真っ黒なツユの東京風おでん、醤油を使わない透明なツユを持つおでん、名古屋風味噌味のおでん、おでん種を一つずつ皿に盛って出す割烹風のおでん、と選択肢は実に広い。

しかしわたしの場合、冬が近づいておでんが恋しくなると、事始めとして、まずこの店を訪れることにしている。
時代が染みた壁を背にし、素朴な椅子に腰かけ、傾いたカウンターに肘をついて、丸い赤銅の鍋の中で、寄り添うようにしてくつくつと煮えているおでん種を見ないと、おでんの季節が始まらない。

「呑喜」は、明治二十年創業という老舗である。刺身や酒の肴などおでん以外の品は一切置かず、余計なおでん種も増やさずに、昔ながらの種のまま一世紀の長きに渡って、永々と味わいを受け継いできた。
そんな一徹なかたくなさは守り続けてはいるが、老舗にありがちな尊大さや敷居の高さは微塵もない。

時折若い客から、「牛スジある?」「ジャガイモ下さい」と注文がかかっても、「すみません、うちはかんとだきなので、牛スジは扱ってないんですよ」と謙虚に答えるだけだ。

では、呑喜に訪れて何を頼むかである。そこはまず、「盛り合わせで」と注文することをおすすめしたい。
盛り合わせは、おでんの基本である大根(ただし十月末から三月まで)、焼き豆腐、袋、がんもどきの四種に、はんぺんかこんにゃくが入って約七百円。これを肴に、キンシ正宗(一合四百三十円)のぬる燗をじっくりとやるのがいい。

牛肉、しらたき、玉葱をすき焼き風に味をつけて油揚げに詰め、干瓢で結んだ呑喜独自の。食べると染みていたつゆが中よりほとばしって、思わず顔が緩むがんもどき。程よくツユが染みて、やさしい甘みを感じさせる大根。滑らかな舌触りの豆腐

そして、薄茶色をした鰹節だけでとったツユは、うまみが強すぎて出しゃばることなく、種を穏やかに引き立てていて、微笑ましい。
もちろん、酒の相手としてだけでなく、しみじみとしたうまさがある、茶飯(百十円)を頼むのもいいだろう。
こうして、盛り合わせで気に入られたなら、次はぜひ、この店ならではの白ちくわや信田巻を試されたい。

閉店