〜立ち食いそば界のF1〜

食べ歩き ,

〜立ち食いそば界のF1〜
早い。圧倒的に早い。
右向いて、左向いたらもう出ている。
時間にして3秒。立ち食いそば界のF1である。
新宿、京王線改札口近くにある「新和そば」は、食券を置いてから出されるまでが、とにかく早い。
秘密は、カウンター内の券売機側に陣取る女性店員が、客が券売機を押す様をチラ見している点にある。
客が人差し指(この指以外で押す人は見たことが無いので)を差し出して、押そうとする瞬間を逃さないのだ。
うどんかそばのボタンを、押すか押さないかのうちに判断し、麺の湯通しを始める。
さらに押したボタンの位置を見切り、タネを用意し、のせ、つゆを注ぐ。
それもさりげないというか、どちらかというと緩慢な、やる気のなさそうな動作ながら、極めて迅速な点が、すごい。
彼女は、立ち食いそば屋界の、ルイス・ハミルトンである。
他にスタッフは三人いる。しかしなにをしているかは、滞在時間中にはわからなかった。女性店員がドライバーなら、メカニックやチームディレクターか。
そんな強力チームに支えられていても、トラブルは時として生じる。
推定72歳小柄男性が、「山かけうどん」の食券をカウンターに置き、「山かけそば」といったのである。
「そばですか」と、他のスタッフが聞きなおし、直ちにルイスに伝わった。
そして、哀れ完成間近であったうどんは、いずこかへ消えたのである。
これだけ早いのだから、そばが柔らかいのは許そう。
透明感に富んだつゆが、濃い目なのも了承しよう。
でも桜海老、春菊、人参による、「天ぷらそば」が、350円と安いのはえらい。
店を訪れたのは、日曜の昼下がり。平日はサラリーマンや学生が多い同店だが、そばが柔らかいせいでしょうか、圧倒的に60歳以上の男性が多い。
映画や散策の帰りだろうか。リタイヤした一人おじさんたちが、ざるそば、たぬきそば、天ぷらそばを、静かにすすっている。
銘々、自販機の前で即断即決はせず、しばし迷ってから、ボタンを押している姿が、微笑ましい。