〜清子さんの心意気〜

食べ歩き ,

〜清子さんの心意気〜

目の前に、明治の板チョコがある。
梅田、食道街「森清」の女将さんにもらったのである。
初めて行ったのは、もう20年前だったろうか。
一人でカウンターに座ると、離れた席に一人の女性がいた。
その女性は一人で緊張していたのだろうか、お酒が入ったグラスをつかもうと思って手が滑り、グラスが倒れて目の前に立っていた女将に酒がかかってしまった。
その時彼女はなんといったか。
女性客が謝る前に、咄嗟にしゃべっていた。
「あらやだ、水も滴るいい女になってしもた。惚れんといてね」。
といって、ケラケラと笑う。
苦笑する女性客に畳み掛ける。
「あっ、しもた。水も滴るとは、男のことを言うんやった。ハハハ」。
場内大爆笑である。
女性客の気まずい思いを、笑いに持っていく。天才である。
「通おう」。その瞬間に僕は心に決めた。
昨夜訪れたのは、還暦の会で流す、ビデオ撮影のためだった。
開店直後ならいいですよ。という話で5時半にお伺いした。
「すいません。無理をお願いいたしまして、よろしくお願いします」と、挨拶すると。
「あんた、還暦のお祝いにうちの店を選んでくれたなんて、こんなうれしいことはないです。ほんまに感謝してます。ありがとう。ありがとう」と、何度も言われた。
撮影が終わり、帰り際
「ちょっとバレンタインには早いけど、これもらってね。チョッコレート♪チョッコレート♪チョコレートは明治♪ってね」と歌いながらチョコレートを渡してくれた。
「またゆっくりお伺いします」。
「おおきに、おおきに。待ってるわ」。
今からチョコレートを齧る。
きっと甘く、切ない味がするに違いない。