〜会いたくなった時に君はいないVOL2〜
「世の中で絶対的なものがあるとしたら」
世の中で絶対的なものがあるとしたら、それは中野のバー「ブリック」の「マカロニサラダ」だった。
わざとつぶして、ぺしゃんことなった、マカロニの大きさ、マヨネーズの具合、脇役の胡瓜やハムのサイズ、溶き芥子の辛味。
すべてがピタリと決まって、揺るぎない。
すべてが50数年間、狂いなく、そこにあった。
世の中で絶対的なものがあるとしたら、それは中野「ブリック」の「ハムエッグ」だった。
ご飯やトーストのお供ではない、飲む客のことを考えたハムエッグである。
ハムは、目玉焼きの上に乗せて加熱するという、コペルニクス的発想で、ほどよく温められて、自然に馴染んでいる。
二の卵は余熱で火が通り、片方は半熟、片方は固茹でになっている。
いつも半熟には塩を振って食べ、固ゆでは数滴醤油を落として、味の変化を楽しんだ。
溶き辛子を白身とハムにちょいとつけ食べ、マッカランのハイボールを飲めば、いつでも幸せがやってきた。
世の中で絶対的なものがあるとしたら、それは中野「ブリック」の「コンビネーションサラダ」だった。
すべてが冷え、カクテルのように寸分も狂わぬ仕事が行き届き、マヨネーズは適量で、サラダでも酒の肴になるのだよと教えられた。
世の中で絶対的なものがあるとしたら、それは中野「ブリック」の「トリハイ」だった。
若宮忠三郎が、指物師に扮して「どうしてくれるんだ」とTVCMに出ていた、トリス全盛時代からの飲み物である。
令和になっても250円は変わらず、飲めばスッキリと喉が洗われ、世の憂さが落ちていく。
そんな飲み物だった。
こうして「ブリック」では、料理にも飲み物にも、さりげない不動の信念が忍んでいて、酔客を喜ばし、安寧へ運んでくれた。
2020年、酒が飲めるようになってから45年間、教え愛され、愛した店は、忽然と消えた。
昭和の熱狂と人に対する温かさをを備えた店は、静かに去った。
奪ったコロナは憎いが、憎むまい。
今夜は見よう見まねでマカロニサラダを作り、トリハイを従えよう。