〜世代の味〜
家に帰ると、母はいない。
誰もいないテーブルの上に、丼と魔法瓶、袋の口を破ったチキンラーメンが置いてあった。
「これがおやつです」。袋の口がそう言っている。
「自分で袋は破れるのに」。小学校二年だった僕は、母の思いやりが少しだけ疎ましかった。
丼にチキンラーメンを入れる。しかしお湯は注がない。
「少しだけ齧ろう」。
齧り出すと止らない。
一度でいいから齧らずに全部にお湯をかけて食べてみたい、と思うのだが、それは大人になっても実現していない。
長い付き合いだから思う。
チキンラーメンに具は入れないでくれと。
葱も目玉焼きもいらない。ふわふわ卵もシーフードBBQもいらない。
チキンラーメンは、ラーメンではない。
何物にも代えられぬ、「チキンラーメン」という小宇宙なのである。
だから決して、ラーメンのまねごとをしてはいけない。
なにも入れず、素のまま食べるのが正しい。
決して、卵や野菜、海鮮などで汚してはいけない。
でも最近、ふわふわ卵ならいいかもしれない、と思うようになってきた。
卵を溶いておいて、少し塩をする。
チキンラーメンを待つ3分の間、湯煎にてかき卵を作って乗せる。
そして真ん中に黒七味をかける。
穏やかな湯煎かき卵が、チキンラーメンを丸く包む。
「いいよ」。
そう優しく言って、ふわふわ卵をチキンラーメンが受け入れてくれる。
思わず微笑んでしまうのは、年を重ねて、「丸さ」の大切を知ったからだろうか。
〜世代の味〜
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