「食べる人」①
彼女はおにぎりを食べていた。
夜1830。彼女の晩餐なのだろう。
おにぎりを、一心に食べていた。
28歳位の長身面長で、濃い化粧をした彼女は、千代田線の車内でおにぎりを食べていた。
膝に置いたバックからラップに包んだおにぎりを取り出すと、ラップをむき始め、さらにバックから、小さなジップロックを取り出した。
海苔の小袋である。
細長く切られた海苔を袋から取り出すと、白いおにぎりに貼りだした。
三枚ほど貼り付けると、小袋を慎重に閉じ、バックに閉まう。
おにぎりの海苔は、なにがどうあっても「パリパリ派」なのである。
コンビニのおにぎりではない、自作のおにぎりを持参し、しかも食べる寸前に海苔を貼る。
そこまでこだわっていながら、片手では終始スマホをいじっている。
気持ちはスマホにいってしまっている。
しかしよく見ると、無意識のお作法といいましょうか。彼女なりの流儀があった。
まず、三角にぎりのとんがった頂点にかじりつく。これは普通だよね。
次に120度くるりと回して別の頂点を齧り、次もまたおにぎりを回転させて頂点を食べる。
これでまた小さな△になるワケだが、そこもまたおにぎりを回して頂点を食べていく。
どうやら、とんがった部分にかじりつかないと気が済まないらしい
しかもスマホに打ち込みながら、まったく見ずに完璧にこなすのである。
神技である。
やがて彼女は、食べ終わった。
すると、もう一個取り出した。
再び→ラップを剥く→海苔の袋取り出す→ジッパー開ける→海苔を取り出しおにぎりに巻く→海苔袋ジッパー閉じる→バックにしまう→頂点食べ始める。
前回と寸分たがわぬ流れは、あまりにも自然で、踊りの達人の聖域に達している。
しかもその間変わらず、スマホいじり倒している。
具はなんだろう? 気になって仕方なくなった。
僕は席から立って、彼女の前でのぞき見た。
白いご飯の間には、ぎゅっとつぶれた真っ赤な梅干が、申し訳なさそうに、少しだけ詰まっていた。
表参道→赤坂間にて。
尚写真はイメージ写真であり、本編とはi一切関係ありません。