「福寿」は、すべてが煮染められている。
古びてささくれた木造の外壁も暖簾も土間も、丸いパイプ椅子も傾いたカウンターも、石をセメントで固めた竃も大鍋も、振り子時計も、今時どこで買えるのかわからない卓上の「いの一番」も、胡椒入れも、「天下一」と記されたレンゲや箸入れ、それに丼も、すべてが煮染められている。
その集約が、中華そばである。
固いチャーシューもナルトもシナチクも。
具のないワンタンや煮椎茸や醤油味の濃いスープも。
そして店主の親父も、すべてが煮染めに煮染めて、そこにある。
“時”という、誰にも真似できない調味料によって、煮染められ、未来に向かって、ゆっくり時間を進めている。