寿司、そば、鰻に天ぷらは、東京が誇る食文化である。
いずれも江戸時代後期に今の仕事が確立し、全国に広がっていった。当然東京には数多く名店がある。
そんな状況をより面白くしているのは、「新江戸前」と呼びたい、知恵と工夫、技が、至福へと導く。
新たな仕事を加えた店である。ではご紹介しよう。
江戸前という言葉で思い浮かぶのは、寿司であろう。
今や、全国から最高品質の魚介が集結し、鮮度が要求されるものと、寝かせておいしくなっていくものが、区別されるようになったが、その考えをさらに推し進めたのが「すし喜邑」である。
店主木村康司さんは、今まで誰もやっていなかった「熟成」という仕事を始めたのである。
初めて食べた驚きは忘れない。鰯やカンパチ、鯖など、知っている魚が味わいをぐっと深め、色香を灯していた。それが赤酢の酢飯と美しく共鳴する。
脂がきれいに抜けて滑らかさが増し、貴婦人の品を漂わすカンパチ。
磯臭さが消えて酢飯と抱き合いながらうま味を膨らませる、イサキ。
繊維などなきかのようにしなやかで、濃密な味に笑う、皮付き鰯。
どの魚も、既存の常識と既知の味わいを超えている。誰にでもできる仕事ではない。個体差を見極め、熟成期間と方法を何年も試行錯誤してきた結実である。
余分な雑味を抜き、真の味を引き出す。木村さんの誠実と魚への敬意が生んだ、新しい味の天体である。
以下次号