「接待」

「接待」。

この言葉を聞くと、一目散に逃げ出したくなる人がいるという。

「接待」。

確かに言葉が固く、ノルマや重責が、ずしんとのしかかってくる。日本的な馴れ合い体質や本音や建て前が渦巻いてもいる。かくいう僕も決して得意ではないが、日々どうしてもやらねばならない接待を、それなりに、いやケッコウ楽しんでいる。
接待を楽しむ、それにはまず、接待を通じて人と親密になろう、契約を成立させようなどと考えないことだ。そんな目標は接待に失礼である。

人を喜ばせ、驚かせ、面白がらせ、和ませ、動揺させて、自分がちょっぴり優越感にひたる。これが接待に敬意を払い、接待を楽しむ術なんじゃないかと、わたしは勝手に思うわけであります。はい。

楽しむといっても、実際は数々の難題がつきまとう。例えば成田からの客が遅れて、夜十時に東京に着く、さあ十一時から真っ当な高級料理で接待だぁという「深夜美食接待」

あるいは接待や遊び慣れをした人を、とにかく驚かせたいという「仰天系接待」

実は上司より飲食店に詳しい大事な女性部下軍団を、なんとかうならせて株を上げようと企む「OL接待」

熟知した都内の夜景を活用した「夜景接待」。
数々のこうした難題に、あなたは平然と予約を入れ、次々とこなしていく。ううむいいじゃありませんか。

ではその術のお手伝いを。まずは深夜美食接待り。
日本料理なら「割烹かどわき」がおすすめである。平目や鯛のお造り、香り高い上等なお椀など、清々しいほど誠実な日本料理をじっくり楽しんでもらいながら、フカヒレ、トリュフなどを巧みに取り入れた斬新な皿で意表を突き、相手を高揚させる。
イタリア料理なら、モノトーンで統一された、落ち着きのある内装の「エノテカ・キオラ」だ。自家製ハム、温泉卵とパルミジャーノによる冷製パスタやカキのガスパッチョ仕立てに代表される、シェフの緻密な計算によって生まれた重奏的な味わいの皿で、まずは陶酔させ、鹿肉のサルシッシャや白金豚ローストといった骨太な肉料理で、がっしりと腹を満たしていただく。
中華では、モダンな内装が広がる「エピセ」がいい。滋味豊かな上湯や山椒の香りが効いたアワビの四川風ソースほか、葱と合鴨のブルーチーズ煮やリドウォーの味噌炒めといった、メリハリの効いた新感覚中華料理を、豊富に揃ったワインとともに楽しむ。しめのエビとモッツァレラの炒飯も忘れずに。
最後にフランス料理は、気さくな雰囲気の「コム・ア・ラ・メゾン」をおすすめする。濃厚なミノの滋味が溢れた、ガスコーニュ風牛胃袋の煮込みや、生ハムのダシとインゲン豆の甘みが出会った優しい味わいのスープ・ガルビュなど、力強く暖かみのあるフランス南西地方料理と秘蔵アルマニャックで、享楽的な夜を演出してみるのもいいだろう。
いずれの店も、料理の基盤が太く確かな上、創造力も豊かなので、深夜食というだけでなく、相当な食通も存分に満足させられる店である。

さて次は、「とにかく相手を驚かせたい」という「 仰天系接待」の術である。
まずは赤坂から。一軒目はラブホテル裏に隠れし「燻」を目ざす。まずは訪れる人を拒むような秘密クラブめいた佇まいでびびらせ、自家製燻製料理や仙台牛の握りで圧倒し、締めのカレーで落とす。
落ちたら次はムードを一転して、忍者屋敷を模した「NINJA」で、笑いを取るコースといこう。ただし、いずれも相手が初めてだということを確認すること。燻の素晴らしき料理には出費も覚悟すること。上級忍者による忍術披露(マジック)を望むなら、十時前には入店すること。
次は青山。食事は、こどもの城裏に人知れず佇むイタリア料理店「笄櫻泉堂」である。予約して路地裏の暗がりに向かうと、店より出迎えの人が忽然と現れて古代魚が泳ぐ地下池へと誘い、バーを抜けてレストランへとたどり着く。このミステリアスな序奏に驚いたあとは、吟味した食材を駆使した繊細で華麗なイタリアンを、たっぷりと時間をかけて堪能するのである。
さてその後、閉店後のパン屋の奥に潜むバー、「デュヌ・ラルテ」に向かう。入口脇のオートロックの暗証番号を押さねば入れない店で、おいしきパンをつまみながらワインを飲み、青山仰天隠れ家コースをゆるりとしめるのである。
恵比寿のコースは、待ち合わせからして懲ってみよう。昼は昔ながらの喫茶店、夜はクラブ風ラウンジとなる「喫茶銀座」で、その移行時間である六時頃に待ち合わせ、店員が入れ替わり、音楽が流れ始め、照明が変わっていくという、普通の喫茶店がクラブに変貌する様子に立ち会う。
次に赴くのは看板が無く、一階のインターホーンのボタンを押して、予約した名前を告げると戸が開くという酒亭、「福笑」である。その秘密めいた設定とは異なり、店内はいたって気さく。料理も気取りが無く、その落差に客は、思わず相好を崩すはずである。
次は銀座。一晩二組、表札もなく、木戸だけがある割烹「よし田」へ連れていき、手間ひまがかけられた十二種の前菜や、鮎の山椒煮など、実直で質朴な料理をしみじみと噛み締めながら心を静めていただく。
しかし次はがらりと趣を変え、マジックバーの「ジョーカー」で弾けよう。次々と繰り出される高度なカードマジックで翻弄し、仰天していただくのだ。帰る頃の頭の中はマジックへの疑問だらけ、同時に不思議な夜の余韻がじんわりと残るはずである。
最後は渋谷。東京外食界最先端事情巡りコースである。 一軒目は、調理場を一段高くし足元まで見えるようにして、俳優のようにコックが振る舞い、調理場をステージ、店全体を劇場の如くコンセプトにした「レストランレガート」へ。客席を予約するなら、厨房を見下ろし、片側は夜景となった一段上の禁煙席がおすすめである。
二軒目は、音楽(正確には味覚以外の四感)と食事を融合させた先進の飲食店スタイル、フーディングの体験。その発祥の地パリより上陸した「ラ・ファブリック」へ。こうした新しい方向は、容易には評価できないのが人の常であるから、ちょいとウンチクでも語れば、皆の見る目が少し変わってくるという利点がある。 

さあて次のテーマは皆さん、部下の女性軍への「OL接待」である。女性を喜ばすというと、皆さんどうしてもムードのある方向にいこうとする。それはいけません。まずは好みのご飯を選ぶこと。そしてそこに意外性と話題性を挟み込む。これ大事です。
上司がおごるとなれば、まずは万国共通皆喜ぶ「すし」を基本にしましょう。一番のおすすめは「新橋しみづ」である。若い職人ながら江戸前の仕事をきちんと受け継いでいて、茹で立てのエビ、穴子、平目の昆布〆、コハダなど、ふだん彼女たちが食べているすしとは一味も二味も違うはず。そしてこうした仕事こそが江戸前のすしだよと能書きをたれて、ちょいと鼻高々にもなれるのだ。
次に向かうは「ポワン・ドゥ・デパー」。マダムの笑顔が魅力的なフランス料理店だが、九時以降ならデザートだけの注文も可能なのである。レモンのスフレや蜂蜜のアイスクリームのパフェといった、フランス料理店ならではの優美なデザートが、彼女たちの舌も心も溶かすのだ。
次に彼女たちの大好物イタリアンで「アッピア」にお連れしよう。数ある店より選びしは、この店が有名人のサロンだからだ。いつでかけてもいらっしゃる有名人に、ミーハー心がくすぐられ、あたかも自分たちまでがセレブになった気分にさせられる。こんな店、そうそうありません。
その後は同じ有名人流れで、復活した西麻布の「レッドシューズ」へ。夜遅くなるにつれ、お酔いになって野性な魅力ふりまくミュージシャンが一人二人と集合し、次第に緊張感が高まる雰囲気は、往年のこの店に近い。この有名人ナイトツアー、かなり彼女たちの心をくすぐりますよ。
さてもう一つの彼女たちの弱点は限定物。予約が取れないレストランだ。初台から代々木に移った「キノシタ」は数ヵ月先まで予約が埋まっていたフランス料理店だったが、毎月第一月曜の四時から翌月の予約を取る方式になったので、小まめに電話して押さえ、彼女たちを誘うのがいいだろう。前菜からデザートに至るまで、華美に飾っただけのフレンチとは異なる食いしん坊心をくすぐる料理が、これでもかこれでもかと攻めてくる。互いに心をハダカにできる痛快料理で、部下との垣根が取れること間違いなしである。
そして二軒目には、同じく予約のまったく取れない京都からの出店、「上ル下ル西入ル東入ル」へ出向く。といってもキノシタで腹一杯食べたので、ここはバー使い。十時も過ぎれば予約客も少なくなり、堂々とバーとして利用できる。ほほう、ここが予約の取れぬ店かと見学し、小腹空けば(そんなことはありえぬと思うが)、デザートでも前菜でも一汁三菜のハーフコースでも頼めばよい。

さて、「深夜美食接待」、「仰天系接待」、「OL接待」をこなしてきたあなたが、さらに習得せねばならないのが、「夜景接待」である。本来夜景は、女性を口説くというただ一つの目的のために存在しているので、ほかの使用は控えたい。しかし男数人なら夜景観察とカップル観察で多少暇をつぶすこともできよう。とにかく夜景ポイントを数多く知っておくことは、接待において非常に重要である。
現在最も夜景が美しいのは、カレッタ汐留だろう。例えば47階「ジパング」の窓を向いたいちゃいちゃカップル席。前方には東京タワー、レインボーブリッジ、愛宕山ヒルズ、遠くお台場、羽田空港と役満状態である。これだけ揃うと、例え会話が少なくとも、二人の間には確実に、甘やかな、満たされた時が過ぎていく。

渋谷セルりアンタワーの最上50階にあるフランス料理店「クーカーニョ」も、ジパング同様すべてが揃っている。曇や雨でなければ、羽田に発着する飛行機の灯りも見え、東京の名役者たちが、あなたたちの下で小さく小さく輝いている。ついでに代官山アドレスなどの億ションも見下ろしてやるので胸がすく。特等席は、壁二面がガラス張りとなった奥の個室か、その手前のテーブル席である。
愛宕山グリーンヒルズ「XEX」の夜景も見事。おすすめはイタリア料理店寄りのバー奥のボックス席で、ガラスの反射の関係で東京タワーが斜塔よろしく斜めに映りこむロマンティックな場所がある。ただし人気ゆえに確保が難しいのが難点。イタリア料理店サルバトーレなら、バー寄りの席がいい。ここは遠くディズニーランドの花火を望むことができるので、時間を計って、相手をときめかすには、最上の席である。
熱狂が続く丸ビルの夜景も話題となったが、実は最上階の高級レストランより穴場がある。五・六階の東側にあるレストランで、ライトアップされた東京駅が目の前に広がっているのである。なかでもタイ料理店カサブランカシルクは、窓も広く、東京駅に向かってカウンター席が配置されているので、存分にその美しさを享受することができよう。 こうしたレストランに出かけないまでも、バーでも夜景を楽しめる。そこには高層ビルからの夜景とは違う景色が広がっているのだ。
ビルの谷間から東京タワーを望む、西麻布ロメオビュー。エクセルホテルやセルリアンといった東急勢力が、むき出しの屋上に設置されたたった四席のスペースに迫る、解放感に富む道玄坂ラウンジ。青山や渋谷の夜景を望む、恵比寿の隠れ家バーのディーバ。いずれの店も、店内に入るまでは想像もしていない夜景に出会えるバーである。

さて数々の接待を行ってきた我々は、まだ解放されない。深夜に接待任務が完了した思った矢先、突如として「なんか腹が減ったなあ」と言い出す、酩酊小腹自儘大臣が出現するからだ。
その時は少しも慌てず、以下の店の中から選んでみてはいかがだろう。もちろん接待の達人には、「夜中にラーメン」という定番の発想はない。 例えばだれも発想しそうにもないパエリャはどうだろう。バル・レストランテ・ミヤカワに出かけ、香り高きパエリャができるまで、ワインでちょいとハモン・セラーノつまんで待つなんて、なかなか乙じゃないですか。
あるいは丼って手もある。麻布十番の「一」で、名物のうに丼やいくら丼を掻き込むのだ。多少値は張るけど、その価値は十分ある小腹満たしである。 または深夜のそばもいい。恵比寿の松玄に出かけ、挽きぐるみの香り高きそばをつつぅっと手繰る。なにかヘルシーな感じで深夜飯の罪悪感が薄れるし(勘違いです)、そば湯は飲みすぎにいいんだよねって、いたわり合い、ごまかし合って飲む楽しさよ。
それともパスタでしめるのはどうだろう。ちょいとパスタ手繰りに行きましょうと、渋谷の「アンテヴィーノ」か麻布十番の「ヴィノヒラタ」に出向く。リゾットやパスタを数種類頼み、深夜にガシガシと食べる。必ず太る、必ず太るが、こいつは覚えたらやめられない、悪魔の誘惑である。
もしくは、深夜カツサンドはどうか。なにしろカツサンドはすし同様に別腹認定料理である。銀座の洋食店「みやざわ」に出かけ、長年ホステスたちの御用達であらせられたカツサンドを、うやうやしくおしいただくのである。
ついでに銀座でもう一つ、深夜おでんをおすすめする。一つ一つ丁寧に調味された関西風おでんを「四季のおでん」でいただくのだ。しめにはおでんのつゆを使った茶漬けやうどんも待っている。
最後に変わったとこで、深夜オムライスというのはどうだろう。例えば六本木「マルズバー」の有名洋食店譲りの正統派オムライスか、渋谷シノワの香り豊かなハーブ入りオムライスだ。いずれも優しい味わいで、玉子の甘みが酒で荒れた舌をいたわってくれるのである。

さあどうだろう。各種接待のケースと店をご紹介してきた。今回のケース以外にも、親族接待、恩師接待、学友接待、外人接待、パワーランチ接待、早朝接待、東京名物遊覧接待、伝統食接待など、様々な接待が存在する。
それぞれに苦労や難題はあるが、今までの店を駆使して、自分が楽しむと決めてしまえば、接待はこの上なく面白いものとなっていく。
僕自身もこのコラムを書きながら、接待したくてうずうずしている。
ああだれか、今晩接待させていただけませんか。