焼津「温石」 静岡「日本料理  FUJI」

アジとイトヨリの椀物  

食べ歩き ,

焼津と静岡で、衝撃的なお椀に出会った。
一つは「アジの椀物」である。
アジは普通椀物には仕立てない。
加熱すると血合いの臭みが、つゆの清らかさを邪魔するからである。
しかしそのアジは違った。
臭みなど微塵もなく、逆に血合いが持つ鉄分の旨味が隆々と膨らんで、椀の味わいを深くする。
細心の敬意を払って漁師が獲り、その魚が生きていた環境に前田さんが仕立て、それを受け取った杉山さんが生かす。
アジのお椀は、その3人による傾注が輝く。
3人のリレーが見事にハマって、今までアジがなしえなかった料理となっていた。
一方は、「イトヨリの椀物」である。
イトヨリはご存知のように、か弱い。
加熱すると、今にも身を崩すかのような柔らかい肉体を晒す。
その切なさや、はかなさが魅力だと思っていた。
しかし椀種としなったイトヨリはどうだろう。
たくましき筋肉を誇るかのように、身をよじらせているではないか。
噛めば、歯が肉体に包まれていく確かな手応えがあって、優しい甘みが流れ出る。
その滋味は次第に、つゆに溶け込み、深くなっていく。
命の躍動感を感じるこのお椀もまた、漁師、前田さん、そして藤岡さんという3人のプロがなし成し遂げた、おいしさなのである。
二つの椀物は、我々が他の命を絶って生きながらえているという実感を運んでくる。
そしてそれは、限りなき、深い感謝として心にとどまり続ける。
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