「とり安」の昼   <京都の平生>14

食べ歩き ,

「から丼二つです」。「はい」。
「とり安」の昼は、鳥唐揚げ丼の応酬が、延々と続く。
鶏のから揚げを乗せ、その上からふわふわに火を通した卵をかけ、山椒を振る。
鶏肉屋だから、明らかに主役は唐揚げなのだが、食べてみると玉子だということがわかってくる。
おそらく低温から、箸を何本も使ってかき混ぜながら、ゆっくり火を入れただのだろうと思う玉子は、口の中で甘い香りをくゆらせながら、淡雪のように消えていく。
その切ない食感に、人は心をうばわれる。
顔を崩して、うまいなあとつぶやかせる。
だったら玉子丼を頼めば、もう十分幸せなことはわかっているのに。
せっかく来たのだからと唐揚げ丼を頼んでしまう。
まだ人間ができていないなあと思いながら、唐揚げ丼を掻き込む。
しかし掻き込もうとしても、掻き込めない。
そう親子丼なら、鶏肉はするりと口の中に入ってくれるが、敵は唐揚げである。
見ていると、みんな掻き込もうとするのだが、掻き込めずに唐揚げをちぎって丼に戻している。
これではいけない。リズムが生まれない。ふわふわ玉子に申し訳ない。
だから僕は、いったん唐揚げだけを掘り出して、丼の傍らに寄せ、唐揚げを齧っては、玉子とご飯を掻き込むというシステムを生み出した。
ケッコウいい食べ方だと思うが、当然ながら、ほかの客も店員も、そのことに気づいてくれないのが、さみしい。