「いい店とは、会いたい人がいる店である」シリーズ5

食べ歩き ,

「いい店とは、会いたい人がいる店である」シリーズ5
老マダムの言葉は、きめ細かい。
850円のランチではなく、ピラフを頼もうとすると、
「900円いただくことになりますが、よろしいでしようか」と、聞かれた。
「はい」と答えると、
「ありがとうございます」と。微笑み。
「エビピラフ一つお願いいたします」と、厨房で一人切り盛るご主人に声をかける。
ご主人は、黙って鍋を振るい始めた。
このやりとりを何年やられているのだろう。
やがて「お待たせいたしました。エビピラフでございます。こちらはランチについているスープをおつけしました」。
言葉に心が座る。
特に美味しいエビピラフではない。
おそらくまだ食べたことがない、カレーやハヤシライス、ナポリタンやハンバーグも、特に抜けた味ではないのかもしれない。
しかしもう一度訪れて、それらを食べて見たい。
マダムの言葉遣いが醸し出す空気が、そう思わせた。
お勘定を済まそうと、財布を見れば一万円札しかない。
「すいません。大きいのしか持ち合わせがなく」。
「とんでもございません。だいじょうぶでございます」。マダムはそういってお釣りを出された。
「まず百円をお渡しします。そして五千円、千円が4枚、間違い無いと思いますが、どうぞお確かめください」。
「ごちそうさまでした」と、店から出ようとすると、。
「ありがとうございました。どうぞお気をつけてお帰りください」
マダムの柔らかい言葉が、背中にかかる。
入り口まで見送ってくれた時、突然ひじ上を優しく掴まれた。
「段差がありますので、お気をつけてください」。
そう言いながら軽く支えてくれたのである。
また来よう。来なくては。
そう心に決めながらマダムに別れを告げた。