〈神戸ディープシリーズ第一弾〉
その白子は、どの魚の白子より品がある。
さらりとしていながら、余韻が、なんと艶っぽいのか。
舌の上では、他の白子のようには迫らない。
だが飲み込んだ瞬間に、切ない甘みが残って、心にしなだれる。
「あなたを離さないわ」と、囁きながら、いつまでも色気を帯びた余韻を残し続ける。
これはたまらない。
「刺身や鍋に、いくらでも使ってください」
そう言って店の人は、小鉢に入った乳白色の液体を置いていった。
白子のすり流しである。
最初は「薬味サラダ」だった。
何気なく見ると、皮の上に白子が三切れも乗っている。
冒頭から我々を堕落させようという作戦なのだ。
ならば初めから、落ちてやろうじゃないか。
次に刺身と前菜盛り合わせが運ばれた。
前菜には、珍しい腸の細ネギ巻きと白子の巻き寿司が並ぶ。
その他は、二杯酢づけ、明太子あえ、梅肉あえ、フグのさつま揚げ、煮凝り、酢蓮根、紅生姜である、
やはり白子の巻寿司は危険である。
ご飯の優しい甘みと抱き合おうという白子が危険である。
てっさには、白子をかけてやった、
普段できない恨みを思う存分乗せてやった。
厚切りの刺身のうまみに肝の甘みが加わって、味にカーブがかかる。
大至急燗酒である。
次が炭火焼き、続いて唐揚げと来た。
どれも元々の個体が大きなことを証明する、堂々たる体躯である。
最後が鍋、しかも嬉しいことにウグイスが人数分あるではないか。
ということは一人1匹か。剛気な店である。
もう食べられません、申し訳ありませんけど鍋のザクは残しますというほど、お腹が膨れた。
でも雑炊は食べますよ。
卵が見事に均等に閉じられた雑炊の味は優しい。
塩が舌に当たらず、旨みだけを吸い込んでいる。
だが僕はここでいけないことをした。
雑炊に白子を流し入れたのである。
すると、食べた途端、穏やかな表情をした雑炊が色っぽくなったのであった。
摂津本山「かねう」にて。