一乗寺「そば鶴」

きつねうか卵とじか<京都の平生73>

きつねうどんにするか、卵とじうどんにするか。

散々悩んだ挙句、きつねうどんを頼んだ。

しかし卵うどんへの想いが断ち切れず、出た言葉は「きつねうどんの卵とじをください」だった。

じわじわ、じゅわ。

分厚いお揚げさんを5時間炊いたというきつねは、中から甘辛いつゆが染み出して、お揚げさんのコクや淡い甘みと一緒になりながら、喉に落ちていく。

ふんわり閉じた卵は、唇に舌に優しく触れながら、柔らかな甘みを伸ばす。

しかし思う。

なぜ欲張ってしまったのか。

きつねなら、きつねうどんだけでよかった。

卵とじなら、卵とじうどんだけでよかった。

欲をかいたがために、うどんとお揚げさん、卵とうどんという両者の蜜月が、ぼやけてしまった。

うますぎるのには、問題がある。

反省しきり。

でもこれだから、うまいもんを求めていくことはやめられない。

一乗寺「そば鶴」にて・