「danchyu」デビュー

日記 , 寄稿記事

2001年夏、一本の電話がかかってきた。
「danchyuという雑誌ですが、今度丼特集がありまして、そこで対談していただけませんか?」
憧れの雑誌「danchyu」からの電話である。
舞い上がった。
サラリーマン時代、46歳の時である。
それが2001年10月号の巻頭ページ「丼対談」だった。
森脇さんとは、「danchyu」創刊時から文を読んでいて、常連となった「ゆうじ」や「たまる」の存在をしったのも彼女の文章だった。
嵐山さんは「ごはん通」をはじめ、軽妙洒脱な文章の大ファンであった。
そのお二人と対談である。
気合がいやが上にも入る。
嵐山さんの、「カツ丼は出前に限る。しかもそのうえ砂利道とかあると揺れが美味しさを作る」理論に対抗して、「カツ丼は、揚げたて、薄くて、丼つゆしみて という「三て主義」や、天丼は、「はみ出さない、積み上げない、つゆしみすぎないの「三ない主義」が理想とか、「親子丼はどれだけ親子愛が貫かれているかである」といったことを、調子に乗ってしゃべった。
嵐山さんから「この人変なサラリーマン課長だね」と、お褒めの言葉をいただいたことを覚えている。
この後彼は増長し、脂質、糖質、炭水化物の過剰摂取にはげんでいく。
外食頻度と体重が加速していくのである。