グリルチキンが好きな子供だった。
理由はわからない。
親と洋食屋に行くと、ナポリタンやオムライス、ハンバーグには目をくれず、真っ先にグリルチキンを選んだ。
「たまには違うの食べてみたら」。
母の言葉にも、頑として耳を貸さなかった。
味の濃さではない。
おそらく、もも肉のむっちりした食感ではないか。
おそらく、歯茎の悦楽に気づいていたのではないか。
おそらく、骨を持ってかじりつくというコーフンに、目覚めたのではないか。
骨から肉を、歯で引きちぎる原初の喜びは、この料理では、容易に味わえる。
だが大人になった今としては、いや食べ歩きを生業とした今は、なかなか食べることが少なくなった。
一年に一回あればいい方だろう。
先日たまたま時間が空いて、銀座煉瓦亭に入った。
もう、まっしぐらにグリルドチキンを頼んだ。
皮目を少し焦がして、肉体を盛り上げる君よ、お久しぶりだったね。
一口目は、フォークナイフで食べたけど、二口目からは足先にナプキン巻いて、手で持ってかぶりついたよ。
人目をはばからず、唇やアゴに肉汁を滴らせて、無我夢中でかじりついた。
やはり君は、こうして食べるのが、一番だね。