シャクッ。

食べ歩き ,

シャクッ。
半透明な魚の身は、前歯の間で痛快な音を立てながら砕けていった。
初の生「ワラスボ」である。
「エイリアン」などと呼ばれて、本人は心外だろう。
目や鱗が退化してこんな風貌になったのも、彼らにとっては進化なのだ。
なにしろ日本が、中国大陸と地続きだった約15万年前から生息し、1万年前に日本と大陸が離れていった時に、唯一有明海で生き残った希少な奴なのである。
こんな顔をしているが、子供時代は、普通の魚のように大きな丸い目と水平に開いた口を持っている。
だが成長するにつれ、目が退化し、口が上向きになり、牙が発達するのだという。
目が機能しなくとも、小魚・貝類・甲殻類・多毛類など小動物を捕獲して、旺盛に食べる。
つまり目がなくとも充分な補食活動が出来る、エライ奴なのだ。
そこで味だが。「シャクッ」と身が爆ぜた後、ほの甘い味が広がる。
最初は見た目と違う品があるが、後味に鉄分というか砂を噛んだ時のような微かなエグミが滲みでる。
牡蠣の貝柱を噛んだときのような食感とヨード感に似ているようでもあり、鉄分を感じる穴子の刺身のようでもある。
つまるところ生ワラスボは、ワラスボだけの味なのである。
武雄温泉「Source」の梶原シェフは、そこに昆布のうま味とトマトの酸味を巧みに加え、身の味わいを持ち上げてくれた。マスカットなどとあわせてもいけるだろう。
「シャクッ、シャクシャクッ」と噛み締めながら、悠久の時を生き抜いた滋味に頭を下げた。