長野駅で手中にした「そば食べキティー」を握り締め、一路、西鶴賀の酒亭「ごんべえ」へと走る。
「今日は何時までやってらっしゃいますかぁ」と、念のため電話すると、
「もうしばらくやってようと思います」と、ご主人らしき人物のとぼけた返答。こんな応対は始めてである。とにもかくにも走れ。
よかった・・・。まだやっていた。
カウンターの中には、作務衣を着た恰幅のいいご主人。座るなり、「なに飲む」? と聞くので、とっさに反応できず、「ビールください」。
ご主人にやりと笑って、キリンのクラシックラガー大瓶を取り出す。グラスに注いで、一息で飲むのを見て、
「さあ何食べる?」 なに食べるったって、ここは長野の秋、きのこと岩魚でしょうと、
「茸を食べたいのですが」とたずねると、
「ううん茸は高くなっちゃったからねぇ。とりあえず料理色々作ってあげるから、晩酌セットの1900円でどう? 」
どう?といわれても想像つかぬ。
「もう少し高いのでもいいですよ」と返す。
「よしわかった」。と厨房に消えるが十秒で戻ってくるなり、「キジのいいのがあるから、刺身がいいけど、岩魚刺身で出すから、バター焼きにしてやっから」と、伝えて再び厨房に消えた。
「まずは岩魚の刺身ね」。と刺身皿を目前に置いた。
白い身肉にほんのり薄桃が刺した美しきお姿。身も程よくしまり、川の香りとほの甘さがにじみ出る。
岩魚に敬意を表して、
「ぬる燗ください」と頼むと、
「ぬる燗? そうさなぁぬる燗ならこっちのほうがうまいや」と真澄をとっくりに注いだ。
「ほんとぬる燗にしといたよ」と出された二合徳利から盃に注いで、飲めば
「どうだい、いい具合か、俺が好きなのは、ビールと女だから、酒はよくわかんないだけどね。ガハハハ」。
ガハハハって、そういえばご主人、すずのマグカップに氷を入れてビールを注ぎ、グビグビ、ゴクゴク飲んでいる。
常連いわく、親父は長野一の鉄砲撃ちらしい。ついでに
「長野一の山菜茸採りなんだから」と連れに自慢している。
それを聞いて
「いやあ俺の得意なんはビールと女。本当は女とビールといいてぇとこだけど、奥で母ちゃん働いてっからな。ガハハハ」
愉快である。戸隠の冷奴、茸煮、すずしろおひたし、えのきホイル焼き、鹿肉のハンバーグ、天然なめこのおろし、鴨肉(真鴨である)のお狩場焼きと続く。
「すいません、もう一本つけて」と頼むと
「すいませんなんていわんでいい、おい、酒くれぇっていやぁいいの」とたしなめられた。
親父続いて、奥に引っ込むと、なにやら新聞紙にくるんだ塊を、二つ取り出してきた。
きじである。
「ほらどっちがいい」と聞いている。一方を選ぶと
「あたり。よかったねぇ。こっちの奴は腹に弾が当たっちゃったんだ。選んだ奴は頭撃ってから、身はきれいだよ」
バター焼きは、淡白な胸肉と筋肉密度が濃く、やや鉄分を滲ませるもも肉。ついで
「こっちの客が頼んだから、刺身も食べな。俺のサービスだから」と刺身も登場。
最初の一口は鶏よりも淡いながら、噛んでいるとやさしい甘みが舌に流れ出してくる。
「うまいっ。さすが親父さんの撃ち方がいいや」。とよいしょしたのがいけなかった。
二合徳利は飲んだし、小一時間は居るし、そろそろ終いにして、もう一軒はしごするかなと、腰を上げようとすると、
「もう帰っちゃうの。飲みなよ」と、自分のビールを注いでくる。
それから二時間。三菱自動車のセールスマン時代の話から始まり、キジの撃ち方指南、いかにゴルフのシングルになったか苦労話。松茸の見つけ方指導、笑点の山田君とあさってはゴルフをやるという話、女性の口説き方講座(女性は選んじゃいけません、選ばれるのよガハハという話は深い)など、僕の隣に座って、延々とビールを飲みながら、語られたのである。
ああ明日は五時半起きなのに。最後にやっと帰るタイミングをつけて勘定を払うと(3900円は安い)、
「お兄ちゃん、今度は女の子連れておいでよ。俺の好きなのは女とビールだから。あっ間違えた。ガハハ」。
と別れを告げたのであった。