夏もフグ。

フグは冬の恵である。
寒い季節にいただく贅沢でもある。
だが若狭高浜のフグ料理屋「五作荘」では、年間を通じてフグ料理をいただけるのであった。
それゆえに、春や夏でも食べたいと、全国からフグ好きが集まってくる。
一年中食べられるといっても養殖ではない。
4月から5月に産卵に来る天然トラフグを捕らえて、生簀で蓄養したフグなのであった。
しかも餌はペレットではなく、小さな鯖やイワシといった生エサを与えているという。
つまりほぼ天然のままの状態で、生きているということになる。
しかもこの一帯は、産卵の最北だということで、真子も白子も太り、体も大きく栄養に満ちている。
産卵直前の春に捕り、蓄養しているのだから最上の状態だろう。
コースは、家の畑で取れた梅酒に始まり、内浦レモンを添えた「とおとおみ(サメ皮の下にある皮で大きいフグにしかない)」から出された
この「とおとおみ」には根性がある。
よく育ち、動いていたアスリートのフグの証で、最初の一口はグッと顎に力を入れなくてはいけない。
そして30回ほど噛むと、コレーゲンの甘みが溶け出し、35回ほどで、ヨプ役消えていく。
後に残るは、甘い余韻である。
次は、フグ料理の華「てっさ」である。
この「てっさ」もしたたかさを見せつける。
やはり30回ほど噛むと、うま味が溶け出して舌下に広がり、そのままうま味を溢れさせながら、50回ほどで、ようやく喉に落ちていく。
しかもみずみずしい。
だから普通は、3から4枚取って食べるがこのてっさは、1から2枚で存分に満足できる。
次は「てっちり」だが、その前にヒレ酒が出された。
「なんだこれは!」。
ひれ酒を一口飲んで、思わず叫んだ。
今まで多くのフグ料理店でひれ酒を飲んできたが、こんなにも濃密な味わいは、飲んだことがない。
フグが持つ旨みの塊を、口に突っ込まれた気分である。
フグは脂質がなく、甘味も酸味も塩味もなく、うまみだけで成立している魚である。
だから誤解は恐れず言えば、うま味調味料だけを溶かした汁を飲んだ気分となったのであった。
だがうま味調味料と違うのは、そのうま味に品があり、後に残らない
入っていたヒレも大きかった。
聞けば、干したヒレを、2時間掛けて炭火の遠火で焼いているのだという。
だからこんなにも味が凝縮しているのか。
ひれ酒に幸福感をつのらせていると、てっちりが運ばれた。
写真の「てっちり」も一人前の量である。
ふぐだけでお腹いっぱいになる。
この店は、そんな幸せを得られる店なのである。
さてそのふぐ鍋もすばらしかった。
様々な部位が入っていて、それぞれの味の違いが楽しめる。中でも一番美味しいと言われる腹下のウグイスも入っていて、その弾力たるや尋常ではない。
噛むほどにうま味が滲み出る感覚は、この店ならではであろう。
ちなみにポン酢は、地元の醤油と店のお母さんの出身地である熊野産柚子を合わせ、作っているのだという。
続いて、「真子の酒粕漬け」が出された。
塩漬け2年、梵の酒粕に一年つけることによって完成した珍味である。
箸先で少しだけ取って、舐めただけで酒が恋しくなる。
香ばしい酒粕の香りの彼方から、熟成した丸い神秘の味がやってくる。
これはいけません。
次は「フグの握り」が出された。
分厚く切った細身を炙り酢飯と合わせてある。
噛めばシコシコとして、酢飯の柔らかさと対をなしながら一緒になっていく様が楽しい。
そして「てっぴ(フグ皮)」が出された。
フグ皮は食感の楽しさだけで、ポン酢に負けてしまうことが多いが、ここはそうではない。
最初はポン酢の味だが、前歯で長く噛んでいると、甘みが滲んでくる。
口中の味変化を楽しめる「てっぴ」なのである。
続いては「フグの唐揚げ」ときた。
人気のフグ料理だが、これはまさしく肉だった。
牛や豚を食べているのと久しく、肉を噛みしだく喜びがある。
「もっと噛め」と、フグから背中を叩かれる。
そんな唐揚げだった。
お次は泣く子も黙る「白子焼き」である。
このために、ひれ酒を継ぎ酒して待っていた。
「ううっ」。
一口で、吐息が漏れた。
表面の薄皮が破れると、とろんと白子が現れる。
しかし、味がだれていない。
うま味が澄んでいる。
白子焼きには色気を感じるが、これは17、8の女性の色気である。
しなやかな色気が、心が焦らす。
この塩焼きが気に入り、照り焼きも追加注文した。
その間に「昆布締め」が来る。
昆布の旨味とフグの旨みが、自然に抱き合っている。
天然の旨み同士の自然な繋がりに、唸る。
この「昆布締め」は、30回くらい噛んだところで、口の中で前に戻して前歯で噛み直してやるといい。
すると再び甘みが滲み出てくる。
さあ「白子の照り焼き」が運ばれた。
甘辛い、照りだれの味に負けてしまうのではと想像したがとんでもない。
つけだれの濃い味に負けていない。
もちろん最初の一口は、タレの甘辛さが先行する。
だが白子は、後から色気を膨らまし、口を満たすのであった。
もはや塩焼きより、こちらの方がいやらしい。
年の頃で行ったら40代に入った女性の色気だろうか。
すっかり惚れてしまったのだな。
締めは、雑炊である。
フグの旨味を吸った米に、思わず笑みが溢れる。
品のあるうまみに満ちていて、体の奥から幸せ感ガせり上がってくる。
最後は、女将さんが作られた水羊羹で締め括られた。
この水羊羹もただものではない。
市販を凌駕するおいしさで、フグの余韻を消さない甘み加減が心にくい。
これでフルコース19800円、宿泊は1人30000円からだというから、お値打ちである。
「今日のフグは4キロほどです」と、胸をはる現当主は三代目で、学校の教師から転職されたのだという。
フグを愛された、おじいさんやお父さんに敬意があるのだろう。
苦労して蓄養の技を開発し、繋がれた。
「フグを食べるなら高浜に行け」。
将来そんな時代が来るに違いない。
#ふくい越山若水