松茸の声がした。
「10数年松茸料理をやってきましたが、ようやくうちらしい表現ができました」。
今までは裂いた松茸を出汁に入れて炊かれていた。
「それもおいしいのですが、小さな土瓶に入れられる量が限られるのと、入れた松茸からエキスが出て、松茸自体がおいしくなくなってしまう」。
そのため、半乾燥させて#発酵させた松茸だけで出汁をとったのだという。
中には、半割した松茸を入れ、余熱で温めた。
猪口に注ぐ。
鼈甲色の液が流れ出た。
うっ。
一口飲んで、唸る。
ただただ唸る。
なんという、うまみの深さだろう。
松茸を10本ほど突っ込まれたような、圧倒感がある。
発酵による酸味が静かに忍び寄って、濃密なうまみに陰影を作る。
松茸とは、こんなにも奥深いうまみを持っていたのか。
飲むたびに、脳幹が揺さぶられる。
飲むたびに、深山の奥へ、神秘の谷底へ、連れ去られる。
強靭な松茸の精が、唇、舌、上顎、喉の粘膜に密着して、陶然となる。
いまだかつて味わったことがないうまみは、長く長く居座って、我々を現生から解き放つのであった。
飯田「柚木元」にて。